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2012年12月27日 (木)

まだあった要修理品

 年末でばたばたしていますが、片付けをやっていると、去年の大震災で大した被害を受けなかったので、後回しにしてあったものが出てきました。

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 モリヤの103系、モハ102の1両です。棚から転落したのですが、瞬間接着剤で固定してあったホロが取れた程度で、大きな凹みなどはありませんでした。塗装の剥がれもタッチアップで逃げられそうです。あの時は、強烈に揺れましたから、この程度で済んだのはある意味奇跡かもしれません。床下機器が、阪神大震災の影響で大幅に遅れるなど、どうも大地震に縁がある車両のようです。

 瞬間接着剤は、丈夫そうに見えて、案外衝撃に弱いものです。修復にあたって、エポキシ接着剤を使用しました。

Secchaku

 これは固まった後も柔軟性があるので衝撃に強く、瞬間接着剤のように塗装面を白化する恐れもありません。Nゲージの場合など、プラモ工作の経験がない人が、何でも瞬間接着剤で付けようとして、塗装面や窓ガラスを白化させている事例を良く見ます。接着剤は、使用する場面によっていろいろな種類がありますから、誤った使い方をすると取り返しがつかなくなることもあります。

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 ホロを取り付けました。この後車体の角部分の剥がれを直し、レタリングの剥がれているのも直します。

 来年は、「みどりの山手線 103系誕生50周年」だそうです。103系もどきのウグイス1色のラッピングを施した231系が走り、Nゲージではカトーからそのモデルが出るらしいのですが、管理人的には「みどりの山手線」は、103系原型に限ります。今年のうちに修繕を完了させたいと思います。

 でも、量産第1陣が登場して、黄色の101系とみどりの103系が混在していた山手線を見ている管理人は、我ながら歳を取ったな、と思ってしまうイベントです。

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コメント

つのすけ さま
 コメント有難うございます。ほぼ同じ年代なのですね。101系はその後一部が赤羽線へ行って、長く名残をとどめましたが、後に黄色に塗られた103系が投入されました。長らく赤羽線のピンチヒッターだったクハ103-49の編成が第一陣だったと思います。京浜線の方が先に10両になり、やがて山手も10両、そして山手に冷房試作車の投入、量産冷房車の投入とATC化、というのが山手103系の歴史でしょう。
 今のプレハブ電車と違って、幼稚園の頃から就職した後までお世話になった103系です。模型ネタとしてはつまらないのですが、自身の半生とともに走っていた電車ですから、きちんとまとめたいですね。

投稿: さがみ | 2012年12月28日 (金) 00時27分

私も「黄色い山手線」はかすかに記憶があります。私の年齢からすると、緑色の電車が登場して数年経った頃と思われます。黄色が少なくて緑色がたくさん走っていたようでした。
この間は山手線の何かの記念で、E231系をチョコレート色に塗った電車もありましたね。私はこのような、かつてその車輌が纏ったことがない復活色は本当の「復活」ではない、と思っており、懐かしむ気になりません。
秩父鉄道の元101系がベージュとマルーンの塗りわけになったり、キハ40がクリームと朱色の2色塗装になった姿には違和感を感じます。

投稿: つのすけ | 2012年12月28日 (金) 00時13分

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