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2010年8月 9日 (月)

必ず使うのに、必ず入っていない部品

 スユニ61に限りませんが、タイトルのような不思議な部品があります。フジモデルの客車キットの場合、次のようなものです。

St1

 ドアの両側の手すりとステップ下の足かけです。およそどんな形式にも付いていますし、形状のバリエーションがあるものでもありません。昔のタニカワのキットにも入ってなかったような気がしますが、必ず付いているものなので、入れておいて欲しいと思います。帯材や真鍮線で作れないことはありませんが、意外と複雑な形で、しかも毎回造るとなると、ということですね。

 一応フジモデルからこのような別売り部品が出ていますし、エコーからも同様のものが出ています。

611

 スユニのデッキ部分に取り付けました。デッキ下ステップはスハフ42のようにドアが内側にある場合、台車に当たりそうにも思えるのですが、取り付け位置を実車の写真のように外側よりにしておけば特に問題にはなりません。

 デッキの手すりは、座席車の場合、これがないとデッキ乗車!が出来ませんね。管理人が中学生頃の夏休みなど、手軽にローカル線の雰囲気が楽しめた関東鉄道などへ良く遊びに行きましたが、あの当時、上野からまだ1日3往復の客車鈍行がありました。デッキに立って、走行中にドアを開けて、外側の手すりにつかまって行くのです。対向列車とすれ違うときはものすごい風圧、カーブの区間では横にゆれるので、結構スリルがありました。複々線区間をEF80が全力疾走して、営団6000系や103系1000番台の各駅停車をびゅんびゅん追い抜いていました。取手の手前の利根川の鉄橋は結構長く、下を見ると結構おっかない感じでした。取手を出て交流区間に入ると、風景は一変して、見渡す限りの青田の中を、田舎の匂いのする風を切って走っていました。佐貫で竜ヶ崎線、土浦で筑波線、石岡で鉾田線と味のある路線が点在していました。遠い夏の思い出です。

 あの頃、EF80の客車列車と並んで走っていたものも、今残っているのは、東京メトロの6000系くらいになりました。デッキから転落する事故もしばしばありましたが、あの頃は、デッキに乗っているのが悪い、ということで、国鉄が運輸省から処分されたという話は聞かなかったですね。まだまだのんびりしていた時代です。

 ・・・なので、管理人はデッキに手すりが付いていないのはどうも許せないのです。

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コメント

クモハ32000 さま
 コメントありがとうございます。そうです、ストッパーは貧弱な板バネや車種によっては仕切り板に簡単なのが付いているだけでした。もし走行中に不意にストッパーが外れてドアが閉まったら、列車から叩き落されてしまいます。ある意味相当恐ろしいシチュエーションでもありました。
 「デッキ乗車は大変危のうございます。ドアを閉めて中へお入りください」という放送はありましたが、デッキにはスピーカーがないので聞こえませんでした。到着の時も、「列車が良く止まるまでお待ちください」と言っていましたが、階段のところで飛び降りたりしていましたね。下手に飛び降りると足をくじくので、操車場の人が入換のときにやるように、片足を付いたら駆け出すとうまく行きました。
 ドアそのものも、オハ35の原形みたいな木造タイプは、結構ヘナヘナでヤワな感じ、スハ43の原形タイプは、鋼鉄製で裏張りもあったので結構重く、後に更新などで使われたHゴムのものは裏張りがなく、内側から見ると骨組みが露出していて、少し軽くなっていました。
 客車はおろか、EF57のデッキに乗っても怒られなかった時代でした。(あれは怖かったですね)

投稿: さがみ | 2010年8月10日 (火) 14時49分

さがみさま
コメントご無沙汰です。
旧客の扉、懐かしいですね!丁度、扉を開き切った位置の床に、腐った板バネがネジ止めして有って、グニッって感じで、扉と床に挟まって、ストッパーになってましたね!
私も、夏場の山陰本線でデッキで風に吹かれた思い出が蘇りました(^-^)v

投稿: クモハ32000 | 2010年8月10日 (火) 10時34分

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