« レイアウトの整備 | トップページ | これがやりたかった!! »

2008年11月25日 (火)

「夢の超特急」、夜行列車・・・「国鉄の時代」の終わり

 JRになって既に20年以上が経過しました。今まで残っていた国鉄の面影も急速に姿を消しつつあります。今月末には、初代の新幹線として長らく活躍した0系が引退しますし、来年春のダイヤ改正では、引き続き夜行列車の削減などが行われるようです。

01

 東海道新幹線は、東京オリンピックの開かれた1964年の開業ですが、敗戦で全くの焼け野原になった日本が僅か20年足らずのうちに世界一速い鉄道を作り上げたと言うことで、戦後の復興の集大成と言うことも出来ると思います。そして時代は高度成長へと進んでいきます。「夢の超特急」の「夢」は、技術者たちの夢ばかりでなく、日本の発展を願う全ての人々の夢でもあったのでしょう。大きいもの、速いものが大好きな子供たちにも夢を与えていたのは間違いありません。

 一方、国鉄は新幹線の開通あたりを境にして赤字体質に転落、最後は分割民営化で姿を消すことになります。0系がその後マイナーチェンジを繰り返しながら延々と作り続けられたのもそれと無縁ではなかったでしょう。ある意味、同じ時代に登場した103系に通じるものがあります。

103

 103系は当初、山手線用として設計されたものですが、輸送の逼迫もあって、本来の用途とは異なる駅間の長い区間の多い関西地区などにも大量に投入されました。線区の事情に見合った新車がまとまって入るようになるのはJRになってからですね。こちらも、そんな新系列車の台頭で、今後急速に姿を消して行くでしょう。

 夜行列車も、新幹線網の発達で、もはや存在理由は見当たりません。民営になったJRにしてみれば、夜間に張り付けておく要員の人件費、これだけのために残しておかねばならない機関車や客車等等、もう無駄の塊でしかないわけです。

Hayabusa

 九州特有のお椀形のヘッドマークももう見納めになるのでしょうか。

 駅も急速に変化しています。下の写真は山陽本線岡山駅です。

Ok0

 山陽新幹線開通の時からのものですが、近年大幅なリニューアルが行われました。駅の裏側との通り抜けを良くする為に自由通路を設け、駅舎の機能はこの部分の中央にまとめられて橋上駅の形態になっています。

Ok2

 幹線の主要駅というよりは、私鉄のちょっと大きい駅(小田急で言えば相模大野とか・・・)といった風情です。もともときっぷうりばなどがあった部分には、ファーストフード店などが入っています。

Ok1

 幹線の主要駅では、高架化されるケースも目に付きます。

Oita0

 ここは日豊本線の大分駅。県庁所在地の玄関であり、久大本線、豊肥本線の乗換駅でもあります。駅舎と鉄道管理局が一つのビルにまとまった形態は、昭和40年代頃に流行った?スタイルですね。駅によっては、これに「ステーションデパート」なるものが同居しているのも良く見かけたものです。

Oita2 

 駅の構内自体は、汽車の時代と殆ど変わらず、かつての主要駅の面影をとどめています。このスタイルの場合も駅の裏側へ出るには不便ですし、市街地の真ん中に大きな踏切が残ったりすると言うことで、近年は高架化が進んでいます。

Oita_2

既に久大本線などが高架ホームからの発着になっていました。新設されたホームは現在の輸送量にあわせたもので、私鉄の駅を思わせます。

Fuji

 鉄路を彩った長距離列車とともに、こうした貫禄のある主要駅と言うのもまた過去のものになりつつあります。近距離列車から夜行列車まで、さまざまな列車が集う幹線の駅と言うのも、今のうちに記録しておく必要があるのかもしれません。

|

« レイアウトの整備 | トップページ | これがやりたかった!! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「夢の超特急」、夜行列車・・・「国鉄の時代」の終わり:

« レイアウトの整備 | トップページ | これがやりたかった!! »