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2008年3月16日 (日)

まだまだ続く試運転

 ED75、店のレイアウトにやってきましたので、営業日の閉店後はもっぱらED75の調整という感じになっています。どうしても台車とスカートの間が狭く、しかもそこにスノープロウなどがあってちょっとしたネジ止め位置のずれが走行に大きく影響します。特にポイント通過の場合に問題が起こりがちです。一瞬ギクシャクする程度でも見ていると面白く無いので、何としてもつぶしてやろうという気持ちになります。この前は台車のボルスターのネジが緩んでいてポイントに引っかかって脱線するというトラブルがありましたが、この手のトラブルの原因は意外なものが多く、なかなか見つけにくいものです。新造の機関車だけに走行不良の原因は機関車だと思い込んでいると軌道の方に原因があったりします。かくして一瞬止まるというような些細なトラブルの解決に結構時間を使ってしまうのですが、やはり東北本線の主力機、颯爽と走ってもらいたいものです。

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 でも、原因を発見して解決できるとほっとしますし、同じようなトラブルが出た場合に対応が速やかに出来るようになります。動くものですから故障だってあるでしょうし、トラブルだってあるでしょう。動力部分がブラックボックスの動力ユニットを組み込めばおしまいのNゲージとは明らかに違う部分でもあります。

 どうにかポイント通過の際の不安定さも解消できたようですので、今夜は線路の脇に座り込んで一杯やりながらしばし75の客車列車を走らせて見ました。

 巷では今般のダイヤ改正で「銀河」や「なは・あかつき」の廃止が話題になっていますが、今はもう客車列車は急行「はまなす」を含めても片道で10本を切ってしまいました。東京からさほど離れていない黒磯まで行けばまったりとした客車の鈍行が日常の風景に溶け込んでいたのはつい20年ほど前までのことでした、国鉄が民営化されて全てが効率と利益が最優先になって、鉄道の旅を楽しむということは認められなくなったようです。「大人の休日倶楽部」が亜幹線やローカル線の旅をアピールしても現地で209系もどきの701系に乗ったら何も知らないお客さんはどんな感想を持つのでしょうか?

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 鉄道の旅がブームのようですが、本当の「汽車の旅」を味わうことはもはや出来なくなってしまったようです。

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コメント

visiccitudeさま
コメント有難うございます。親戚が東北方面に多かったこともあって、東北線、奥羽線は割合良く乗りました。小学生の頃は親と一緒に「つばさ」や「やまばと」といった特急列車(当時は贅沢なものという感じでしたが)、中学生になると一人で出かけるようになって、「おが」「あずま」「いいで」といった急行列車(福島発着で座りやすい「あずま」、「おが」「いいで」は気動車ということで、かなりひねくれた選択をしていました)、そのうち当時まだ残っていた東北方面へ直通の客車の鈍行と、年を追うごとにグレードが下がっていきました。
 長距離の区間を最初に鈍行で行ったのは上野から福島までで、当時特急3時間、急行が4時間で運転しているところ、鈍行は6時間半を要していました。時刻表を良く見ると1日に何本か黒磯を越える列車があることに既に気が付いていて、どんなものなのか一度乗って見たいと思っていました。中学2年の秋の連休に福島の親戚まで一人で遊びに行く機会が巡ってきました。福島には夕食までに到着できれば良いということで、列車は上野駅11:13発の一ノ関行きとなりました。これならば、上野で座る場所を確保してしまえば福島までずっと座っていけます。赤羽くらいまでは時々デッキ乗車をしたりして遊んだ客車列車ですが、初めての長距離鈍行の旅ということで、入線の30分も前から駅に行って食べ物を買ったりして長旅に備えました。列車は発車の30分以上も前に尾久から推進運転で入線してきます。やがて「とーさんばん、回送123列車接近」の構内放送とともにオユ10を先頭にした列車が入ってきました。EF57が入ることを期待して最前部の乗車口のところで待っていたのですが、この日は見事にEF57、しかも機関車の次は白熱灯のスハフ32と、初めての長距離鈍行の旅を飾るのにふさわしい組み合わせとなりました。
 やがて発車時間になると、列車は汽笛一声、上野駅地平ホームを後にします。やはり地平ホームからの列車というのは、同じ鈍行の115系などとは違った貫禄を感じたものです。鶯谷を過ぎたあたりから列車スピードを増して来ますが、それまで乗っていた特急列車などとは同じ線路を走っているにもかかわらず、まったく別の世界のように思えました。ほどなく列車は尾久に停車します。この頃の本線の列車は国電よりも各駅の停車時間が長くとってありました。乗降が終わるとホームの駅員が機関車にブザーで発車の合図を送ります。汽笛とともに列車は再びゆっくりと動き出します。これを繰り返しながら一路福島を目指しました。
 特急列車では決して目にすることのない途中の駅の表情、各駅での郵便の積み下ろし、途中の小さな駅にも活気がありました。
 黒磯で交代したED75はEF57とは全く逆の近代的なスタイルでしたが、動き出すとEF57以上に大きな吊りかけモーターの音が響いて、すっかり気に入ってしまいました。この時は、後にお召し列車を引いた121号機でした。
 見るもの聞くもの全てが目新しく、福島までの6時間半があっという間に過ぎていきました。
 
 今回のダイヤ改正では「銀河」「なは・あかつき」に留まらず、「北斗星」も整理の対象になりました。利益と効率だけを追求する現在、もうこうして全てに「ワクワク」するような旅行は出来なくなってしまいました。

投稿: さがみ | 2008年3月17日 (月) 22時38分

ご無沙汰しております。また、いつも楽しい話題をありがとうございます。

上の記事を拝見し、東京から帰省の折、黒磯駅で釜飯を故郷へのお土産として沢山買っていた当時のことを思い出しました。釜飯を買いながら、黒磯駅の機関車入換え作業を見ていたのも今や懐かしい思い出です。効率化の陰で姿を消していったED71や旧型客車等への想いは、今やローカル線の旅でも癒されることがないのが残念ですね。

投稿: visiccitude | 2008年3月16日 (日) 17時24分

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