2009年4月 6日 (月)

峠の力餅

 奥羽本線は、福島を発車するとすぐに分水嶺の板谷峠にかかります。今では山形新幹線の電車が軽々と越えていきますが、かつては赤岩・板谷・峠・大沢の連続する4つのスイッチバックで山を越えていました。そこを走る機関車も古くはEタンクの4100・4110、戦後間もなく電化された後は、勾配用のEF16、EF64、交流切り替え後はEF71・ED78といった勾配線用の様々な形式が活躍してきました。

 サミットの峠駅は標高624m、ここでは「峠の力餅」というものが売られています。今は山形新幹線の車内にもあるようですが。

C2

 駅弁のような体裁で、ホームの立ち売りも駅弁屋さんスタイル、中学の頃ここを始めて鈍行で通った管理人は、「こんな山の中に駅弁?」と思ったのですが、求めてみると大福餅で、???と思ったものです。

 でも、スイッチバックの連続で越える険しい峠の道中で一休み、と言う風情が気に入っていました。中身の餡子がさっぱりしているのもポイントが高いですね。

 客車の鈍行もスイッチバックも消えて久しいですが、久しぶりにこれを口にすると、ED78やEF71がモーターの音も高らかに峠を越えていたシーンを思い出します。峠を越えれば、山形の純日本的な田舎の景色が広がる奥羽線の旅は、とても魅力的でした。そんな奥羽線も今ではロングシートの通勤電車。旅の楽しみはすっかり失せてしまいました。

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2009年2月13日 (金)

エアホースの交換

 少しずつ改修の進むED78、今日はエアホースの交換を行いました。

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 最初に付いていたのは、このような軟質プラのものでした。1977年当時、ロストワックスのエアホースなどまだ一般的ではなく、カツミの機関車に至っては、洗濯機のホースというかゾウの鼻というか、とにかくそんな感じの似ても似つかないものが付いていましたし、あっさり省略されているものもごく普通でした。そんな時代にそれらしいディテールのホースがついていたわけですから、当時高い評価を得ていたわけです。30年という時を経て、まだまだ通用する出来栄えですから、簡単な作業で印象が向上する部分に手を入れてやれば、一層のイメージ向上が期待できるわけです。

 その軟質プラのホース、折れないのは良いのですが、コックの部分などが現代水準で見るとややシャープさに欠けますし、ホースもぴんと真っ直ぐで、実際のイメージとはちょっと違います。そこでこれを今では当たり前のロストワックスのものに交換して見ました。

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 まずは既存のホースを撤去します。このホースはスカートに焼きつぶし!(プラモデルとかの工程にもありましたね。ドライバーの頭を焼いてピンの頭をつぶす、というやつです)で取り付けてありますから、表面のホースの根元の部分で切断してあとは画鋲などで押し込んでやるときれいに取れます。

 この穴にフクシマのエアホースを差し込んで見るとちょうどぴったりです。エアホースは何社かから出ていますが、一番細くて、柔軟性のあるのがフクシマのものです。メーカーによっては真鍮が硬く、ホースの曲がり具合を調整しようとすると折れてしまうものもあります。値段はどれも似たようなものですから、ここはフクシマのものがイチオシということになると思います。

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 ホースの足の長さを調整してから瞬間接着剤「ロックタイト」で接着します。ロックタイトは白化しにくい上に他の瞬間接着剤よりも強力ですから、こうした手抜き作業の強い味方、ということになります。

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 接着が固まったら、実物の写真を見ながらホースの形を整えます。最後に面相筆を使って塗装をします。このくらいの小さい部分ならば、プライマーも含めて筆塗りでも十分きれいに仕上がります。そして、実物の写真を見て、コックなどに色を入れておけば完璧ですね。

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 簡単な作業ですが、これだけでスカート周りの印象ががらりと変わりました。

 完成品というのは、製作された時代の要求水準や売価設定などで、どうしても不満な部分が出てくるものです。模型は完成品がすべてではありませんし、自分の手でいじることで、満足度が高まるものです。このED78も中古でやってきてからもう2ヶ月くらいいじっていますが、新規の部品はわずかですから、それほどお金がかかっているわけでもありません。でも、改修作業だけで、これだけの間がもってしまうのです。模型は本来、時間消費型の趣味なのです。

 塗装も乾いたので、線路に載せて走らせてみました。

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 ぴんと突っ張っていたホースが丸く収まって、自然な感じになりました。

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 あの板谷峠のスイッチバックを行く、鈍行列車のイメージにまた一歩近付きました。

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慣らし運転

 レタリングを入れたED78、走行にやや不満な箇所があったので、調整を行いました。単機で走らせるとほぼ問題のない水準になりましたので、調子出しということで重連でのならし運転を行いました。ED71やED75もそうでしたが、ある程度のならし運転をやることで調子が出てきます。

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 この場合、スケールスピードでストレスなく走る、ということが重要になってきます。時間のある時に連続的に走行させるしかありません。

 しかし、試運転の範疇とはいえ、列車を眺めていると、いろいろなことが思い浮かんできます。福島駅から発車する奥羽本線の普通列車は、山形県内では米沢ー山形ー新庄間の乗客が多く、秋田まで通しの列車では、新庄まで長い編成でいくものも結構ありました。乗車のときにサボの行き先を良く見なければいけませんが、このような場合、列車の中間に緩急車が連結されていることでそれと気づくことも多かったですね。

 このような場合、列車が新庄に到着すると、30分近い停車時間の間に機関車後位の切り離す客車を持って機関車がどこかへ行ってしまい、やがて客車を置いてきた機関車が列車に連結されて出発、というのんびりしたことが行われていました。

 客車もだいぶ増えてきましたから、今日の慣らし運転では、そんなイメージの編成にして見ました。

Chuukan

 福島を発車して板谷峠に向かう78+71重連の列車は6両編成、前の2両は新庄で切り落とし、というイメージです。中間に挟まったスハフ32、というところがポイントです。客車ならではの柔軟な運用がなされていたわけですが、今だったら無駄の見本だ、ということになってしまうのでしょう。

 今ではもう、いくらお金を出してもなし得ない、客車列車の旅の再現です。走行とともに、数字では割り切れない、列車の雰囲気の重要さに改めて気づかされます。模型というのは、既製品を買ってきて並べれば終わり、というほど底の浅いものではないのです。

 この板谷峠の重連、ED78にもう少し手を入れますが、次の課題は、製品そのままのEF71をどう料理するか?ということになってきます。

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2009年2月 1日 (日)

くろま屋インレタを試してみました

 さっそくくろま屋のインレタを試してみました。まずは「機関車標記」を使ってED78に標記を入れました。機関車関係の標記類は、インレタとしては殆どありませんし、プラ製品では殆ど印刷済みになっています。

 ATS標記、換算標記、そして2エンド側には検査標記を入れました。

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 崩れやすそうな枠状のものはデカール転写にしました。機関区名とあわせて、機関車が活き活きしてきました。

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 簡単な作業ながら、かなり効果があります。

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2009年1月30日 (金)

外観のグレードアップ

 モーターの交換が終わって、消費電流やEF71との協調など、走行面で大幅な改善が出来たED78、それに見合うようにさらに外観に手を入れてみます。最近のプラ製品などでは細かい標記類も全て印刷済みで、細密感を盛り上げていたりしますが、30年前にはそのようなものは全て省略されているのが当たり前でした。現代でも十分通用する出来栄えの機関車ですから、そういった部分にも手を加えると、現代のものと殆ど見劣りがしなくなるでしょう。

 先ずは、配置区名を入れてみます。製品状態ではエッチング製の札差がハンダ付けされているだけです。

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 実際にはこの枠に黒地に白で区名の頭文字を書いた札が差してありますから、まずは札に入る方の枠の内側を面相筆で黒く塗ります。

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 そして、この中にくろま屋から出ている区名のインレタを貼りますが、貼りにくい場合には、客車の検査標記のようにクリアーデカールに転写してから貼ると良いでしょう。

Kumei3

 たったこれだけで、機関車が活き活きしてきます。

 標記関係はこの後まだ追加しますが、今日はその他に、ドアの取っ手に銀を入れたりヘッドライトにレンズを入れたりしました。

78zentai

 昔は電球の頭をレンズに見立てて、と言うものが多かったですが、やはりレンズを入れるとずいぶん印象が変わります。作例ではエンドウの113系シールドビーム車用のレンズを使用しました。このあたりの作業は、使えそうな部品を適宜見繕って、と言う感じですので、作業そのものよりは部品の調達に時間がかかりますが、部品を選んだり、使い方を考えたりなど、なかなか楽しい部分でもあります。

 他にも気になる部分はありますが、このあと順次手を入れて行きます。

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2009年1月26日 (月)

再度モーター交換

 ギア比の関係で高速タイプの方が良い、と言う話もあったのですが、実際に組み込んで走らせると、どうも機関車らしくない走りなので、一般タイプに交換してみました。

 取り付けは割合簡単です。

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 MV-8を撤去したら、機関車用のモーターホルダー取り付け用に2mmのネジ穴を開けます。そして後は、普通のMPギアのときと同じように組み立てます。

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 モーターの取り付けは、大体中央であれば良く、軸の高さもギアボックスまでの間にジョイントが2箇所入りますから、あまり気にしなくて大丈夫です。

 ただし、天賞堂のギアボックスのシャフトはφ2.4ですから、ユニバーサルジョイントは2.0-2.4のものを使用して逆向きに取り付けます。

 最後にリード線を半田付けしますが、走行の方向が逆にならないように注意します。

 さて、天賞堂の交流電機は、1.5Vの定電圧点灯のヘッドライトが特徴ですが、すぐに球切れするという問題があります。モーターを取り付けてテストしていると早速切れました。面白くないので、通常の12V方式に改造しました。

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 車体アングル部分にある重連用スイッチを生かすために、天井の基盤を活用します。定電圧用のダイオードや1.5V球をすべて撤去して、カツミのダイオード基盤を取り付けます。スイッチが生きるような配線で、天井の基盤からダイオード基盤へ電気を送るようにします。ライトケースは、電球が引っ込み気味になるのを生かして、この後レンズを入れます。

 さて、出来上がったところで、試運転をします。

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 MPギアよりはまだ少し速い感じですが、電圧の変化に神経質に反応することもなくなって、だいぶ落ち着いた感じになりました。

 ED78は重連運転が必須ですから、EF71との重連もテストしておきます。コパルの缶モーター搭載ですが、かなり良い感じで協調してくれました。

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 MV-8の時に比べて、電気の食い方が少なくなったようで、重連にしてもさほど遅くはなりません。十分実用になります。結果的に、MV-8の機関車のモーターを交換する場合、EN22の場合には一般タイプが良い、と言うことが分かりました。

71782

 モーターのノイズも大幅に減って、静かになりました。これだけ大きい機関車の重連、やはり迫力ありますね。でも、カトーの線路またすぐに壊れそうです。

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モーター換装

 30年前のED78、いかにも電気食いすぎですので、モーターを交換することにしました。先日検討した通り、エンドウ発売のキャノンEN22を使用しました。ギア比の関係から、一般用では遅すぎる、というアドバイスをいただいたので、「高速タイプ」を取り付けてみました。

Mv8

 これが取り外したMV8モーターです。30年の時を感じさせますね。

781

 取りあえず交換して走らせてみました。確かにコントローラーのつまみと速度の関係で行くと、悪くない感じですが、高回転型のせいか、電圧の変化に反応して速度変化が大きく、とても神経質な感じで、見ていて落ち着きません。また客車の発車のような動きは苦手のようで、いきなり飛び出すような感じになってしまいます。

 奥羽線の機関車ですから、実物も最高速度は低かったわけですから、パワーパックのボリューム全域でスケールスピードの操作が出来ればよいわけです。各々のパーツのスペック数値だけでは実感的な走りは再現できないのです。高速型を下して一般型を載せてみることにします。MPギアとはギア比が違いますから、単純に比較は出来ませんが、MPギア+一般型モーターのED75の方がよっぽど落ち着いた感じです。

751

 客車列車の旅のテイストを模型で表現しようというわけですから、数字だけでは割り切れない部分もあるわけですね。

 具体的な改造作業については、満足の行く走りを得られた時にご紹介したいと思います。

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2009年1月18日 (日)

モーター交換の検討

 外観がだいぶ出来てきたED78ですが、よりスムーズな重連運転を目指してモーターを交換することにしました。ダイキャスト製のギアボックスはEF71・ED78とも同じものが付いていますから、モーターを同じものにすれば動きがスムーズになるだろうと考えたわけです。特にED78のMV8は旧式なだけに電気を食いすぎですし、EF71の缶モーターもちょっと飛び出すような感じで機関車らしさに欠けます。そこで、ED71やED75に使用して好結果を得ているキャノンEN22に統一することにしました。

 EN22の一般型には軸の長短で2種類のものがあります。この軸はとても硬いので簡単には切れません。従ってどちらを使うかあらかじめ決めておく必要があります。

En22

 機関車の真ん中にモーターを載せてジョイントなどの収まり具合を検討します。これは軸の長い方です。

En22jikutan

 こちらは短い方です。ED75ですと軸短モータとタイプⅡのジョイントでもいっぱいいっぱいですが、胴の長いED78は軸の長いものでも余裕で収まりそうです。ジョイント部分が長すぎると抜けたりするトラブルの原因にもなりますから、ここは長いものを使うことにしましょう。

 今週は線路の補修もあってあまりいじれませんでしたが、続きはまた週末にでもやることにします。

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2009年1月11日 (日)

ギアボックスの整備

 殆ど走行していなかったEF71、ギアボックスを開けてみたら油もすっかり乾いていましたので、グリスを詰めてみました。同じ構造のED78も同様にグリスを詰めました。

Tamiya

 使用したのはプラモのタミヤから出ているセラミックグリスです。これならばいつでも手に入りますし、チューブ入りなので作業もラクです。たっぷり詰めたらまた走らせてグリスが行き渡るようにします。

 元通り組み立てたら再び試運転です。しばらく走らせていると走りが明らかに軽くなってきます。

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 2両目のEF71が、いかにも製品状態なのが気になりますね。

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重連試運転

 ED78、重連での試運転を行いました。

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 ED78はMV-8、EF71はコパルの缶モーターです。ギアボックスはどちらもダイキャストのごっついやつですから、性能面での違いはモーターだけですね。この78、古いくせに前照灯のスイッチが付いていますから、次位に連結しても問題ありません。

 重連にするとモーターの特性から、押したり引いたりする現象が出ます。Nゲージのようにこれが致命的というわけではありませんが、カーブの区間で脱線すると言う事象がありました。

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 ED78もEF71も胴体が長い上に、天賞堂のものは引張棒の表現がありますから台車の動きが苦しいのも事実です。

 この2機種に関しては、胴体も長いと言うことで連結器の位置を前後に調整できるようになっています。取りあえず一番前寄りにセットしてみたところ、脱線は解消しました。最短の位置の場合、運転台窓のひさしが隣の車両と干渉したりと言うこともあります。もちろん、店レイアウトのR=730の場合で、です。

 奥羽本線は、福島を出るとさっそく分水嶺の板谷峠にかかります。明治の終わりには開通していたわけですが、当初からEタンクの4100、4110が使用され、戦後、資材の乏しい時代には早くも電化されました。昭和43年の東北線青森電化に際しては、奥羽線も山形までの電化が完成し、板谷峠を越える区間も交流方式に改められました。しかし、直流電化の時に通過線が設けられた、赤岩、板谷、峠、大沢の4駅はスイッチバックのまま残りました。4駅連続のスイッチバックというのは全国でもここだけでした。

 初の気動車特急「つばさ」も福島-米沢間ではELの手助けが必要で、EF16、EF64、そしてEF71と移り変わっていきました。中央線に縁の薄い管理人がEF64の列車に乗ったのは、板谷峠を越えるキハ82の「つばさ」ただ1回なのです。

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 奥羽本線は東北本線と比べれば一格落ちる路線と言う位置づけでしたが、「幹線」

であるのには違いありません。重連の試運転では、手持ちの客車でこんな列車を仕立ててみました。座席車は4両ですが、東京方面から送られてきたらしいユとニが連結されているパターンです。こういった列車は、時刻表では「山形行き」あるいは「新庄行き」になっているのですが、実際には行き先駅で長時間停車の後列車番号だけ変えてそのまま秋田行きになったりしていたものでした。

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 店レイアウトは平坦線で勾配はありませんが、実際に米沢~山形間の比較的平坦な区間でも、貨物列車用の補機の運用の関係で短編成の普通列車が重連になることもしばしばありました。

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 これから乗る列車が重連ということがわかるとワクワクしました。33‰の勾配を10ケのモーターの音を響かせて登っていくわけですから。当然、座る場所は機関車直後の車両の一番前の席ですね。窓を全開にしていると、峠に挑む機関車のモーター音が耳に届いてきます。いよいよ日本海側へ進んで行くことを実感したものです。

 米沢を過ぎると山形県内陸地方の純日本的な田舎の風景が広がります。木の枕木と25mレール、そして客車列車が旅情を盛り上げてくれました。「青春18きっぷ」がまだ無い時代、普通列車の旅のこうした醍醐味は広く知られずに消えて行きました。

 そういった実体験を基にした模型と言うものを楽しんでいただきたいものです。

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2009年1月 9日 (金)

パンタ載せ換え

 ED78のパンタを載せ換えました。

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 バネに角型のカバーの付いているものですが、比較的後の製品なので上昇時にスライダーの姿勢が安定するようになっていますし、スリ板にも斜めの切れ込みディテールがあります。分解したついでにモーターにCRC5-56を吹いておきました。

78ressha

 元通り組み立てて試運転です。パンタが変わっただけで雪の多いところを走る機関車らしくなりました。モーターもCRCを吹いただけでぐっと静かになりました。

78zentai

 今日の作業が終わった時点での姿です。30年も前のものですからワイパーも追加したいし、エアホースも交換したいところですが、基本がしっかりしているだけにここまでの作業でもぐっと雰囲気が出てきました。車輪のタイヤ部分も最後に塗装したいと思います。

 そして・・・。やはり板谷峠と言えば重連運転ですよね。

7871

 後ろのEF71は山形新幹線が出来た頃のものですから78より10年以上後のものです。モーターも缶モーターになっていたりしますが、重連で試運転してみると走らないというわけではありません。ギアボックス自体は同じものなので、モーターを交換して両者同じものにすれば一層走りが良くなりそうです。

 むしろ、いかにも製品でございます、と言う感じのピッカピカの姿の方が気になりますね。風雪の板谷峠を行く列車、ということであればやはり71の方もいじらざるを得ないでしょう。きれいな塗装も値段のうちではありますが、やはり自分が見た列車、実際に乗った列車の再現が優先されるのは間違いありませんね。

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2009年1月 7日 (水)

パンタ交換へ

 例のED78、30年も前のものということで、パンタもバネカバーがありませんし、この頃のものはたたんだ時も上昇した時もスライダーが傾いてしまうという欠点があります。そういえばストック品があったはずだ、ということを思い出して引っ掻き回したら出てきました。うまい具合に角形カバーです。ED75も50番以降は耐寒タイプになってバネカバーが付いていますが、ヒサシ付のものは丸型カバー、100番代になると角型カバー、EF71・ED78は角型と、昭和43年あたりで丸か角かが分かれるようです。しかし、検査の時に予備品を載せたりする場合もあったようで、時折イレギュラーなものも見かけました。

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 完成品では1つ前の回の生産の時にはカバー付になっていましたから、このパーツ自体、少なくとも20年位前にはもうあったということですね。

 最近、天賞堂はこの手の交流機用のパンタをさっぱり再生産していません。カツミのED75のキットも天賞堂のPS101が指定になっていますが、品物がなくてはどうしようもありません。ちなみに例の75のパンタはメーカーにもなければ問屋にもないということで、何とヤフオクで拾いました。

 キットの場合、購入して時間が経ってから始めるということも多いですから、パンタなどの部品がないのは困りますね。完成品でも壊しやすい部分ですから、安定した供給を望みたいものです。

 今週はこの後パンタを載せ換えてから屋上のウエザリングに行きたいと思います。

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2008年12月30日 (火)

その後のED78

 年末の繁忙期ということで、店の方も忙しかったのですが、合間を縫って進行した例のED78、昨日はたっぷり走らせてみました。というのも、届いたときにはホコリ一つなく、おそらく大事にしまいっぱなしになっていたようですので、慣らし運転が必要か?と思ったわけです。テスト走行で、意外に低速が利くことをつかんでいましたが、あらゆる場面でスムーズに走ってもらいたいものです。

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 客車はいつもの東北線のものを使って、編成を短縮して茶色のものの比率を多くして、奥羽線のイメージを目指してみました。

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 季節的に正反対の「夏の奥羽本線」のイメージですが、ウエザリングの効果で、その昔乗った奥羽本線の普通列車のイメージになりました。奥羽線列車用に61系や35系のバリエーションもそろえたいところです。

 棚卸の息抜きに走らせていると、最近流行のフィギアの存在の重要性を改めて感じます。

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 ED78に引かれた普通列車が到着しました。大きな駅では当たり前のように15分、20分の停車です。機関車が重々しい響きを立てて通り過ぎると、駅弁屋さんの「え~、べんとぉ~」の声が響きます。この駅ではどんな弁当を売っているのかな?とワクワクする瞬間ですね。このエリアで管理人が気に入っているのは米沢駅の「すきやき」なのですが、峠駅で売っている大福餅の「峠の力餅」もこのスタイルでしたね。今では立ち売りも殆ど無くなって、駅弁は「ニューデイズ」とかで買うようになってしまいました。

 でも、このシーンで機関車が製品状態のぴっかぴかだったら、あのイメージは沸いてきませんね。ウエザリングというのは、広範囲に効果を表すものなのです。

 そのED78、年内の加工はここまでです。

Ed78

 ディテールの変更などは来年のテーマにしたいと思います。

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2008年12月28日 (日)

いよいよつや消し!

 ナンバーやメーカーズプレートが付きましたので、次に車体のつや消し作業を行います。

 最初にマスキングです。

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 例によって超省力化作業です。こんな具合に窓ガラスのある部分に外側からマスキングテープを貼って、カッターで整えます。隙間無く貼れたら、つや消しクリアーを全体に吹き付けます。

Clear

 2回くらいに分けて全体に満遍なく吹き付けます。乾燥して、マスキングテープを剥がすと・・・。

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 「きれいな天賞堂製品」から、変圧器の音が聞こえてきそうなまさにあの78!になりました。さらに、エアブラシで足回りにブレーキの鉄粉による錆表現を加えました。

78zentai

 下は捕獲当初の姿ですが、ずいぶん印象が変わりました。

781

 ディテールの手直しなどはまだですが、「風雪の板谷峠」を行くED78のイメージに近付いてきました。いくら「高級品」であっても、製品のままでは見た通りのイメージにはならないと言うことが良く分かります。

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2008年12月26日 (金)

ナンバーを入れました。

 引き続き空いた時間を使ってED78の改修を進めます。今日はナンバーやメーカーズプレートなどの取り付けです。なぜここでやるかと言えば、車体外装のウエザリングを考えているからです。メーカーズプレートをウエザリングの後に付けると浮いた感じになってしまいます。

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 まずは撤去したナンバープレート跡の瞬間接着剤を除去します。瞬間接着剤はがしのような溶剤系のものを使うと塗装を傷めるので、車の傷取り用のコンパウンドで磨きます。強く磨きすぎると塗装がはがれるので注意します。完全に取れない場合もありますが、後から新しいナンバーを貼った時に気にならない程度になればOKです。光沢の具合が変わりますが、昨日の屋根同様、現段階では気にしません。

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 ED78は最終製造のもの以外は切り抜き文字ですから、TOMIXのメタルインレットを使用します。写真のものは「ED75用」として出ているものですが、いろいろな文字が入っているので広範囲に使えます。1セット840円です。これは多少在庫を持っていますので、ご希望の方はお知らせください。

 メーカーズプレートも同じくTOMIXのED75用のものです。

Plate

 エンド表示も含まれています。他社からも同様のものは出ていますが、TOMIXのものは文字の表現が極めて鮮明な上に繊細な感じで、今入手できるものの中では一番だと思います。1枚315円、こちらも多少在庫を持っています。

 取りあえずこれらのものを取り付けたのが下の写真です。

788

 正面Hゴムの修正はこの後やります。そして、いよいよ車体のつや消し仕上げに移ります。この角度から見ても、ナンバーが切り抜き文字になっただけでずいぶん現代風のモデルになったように見えます。車齢30年には見えませんね。

 年末と言うことでかなり忙しく、合間を見ての息抜きのつもりで始めた加工なのですが、すっかりハマっています。今日は良い天気でしたが昼間も結構寒く、こういう日の板谷峠は、板谷を過ぎる頃には吹雪になって、大沢あたりを78が雪を豪快に蹴散らしながら米沢へ下って行ってたんだな、と客車の旅を懐かしく思い出しながら作業を進めています。

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奥羽本線・・・

 屋根の加工が進んで、ちょっと気を良くしたところで、まだやっていなかった客車を牽引しての試運転です。奥羽本線の普通列車は、東北本線と比べると鋼体化客車が多かったりと、格が落ちると言うのが70年代後半から旧客全廃までの特徴でした。

 オハフ61は現在製作中ですから、取りあえずレイアウト上に存在する客車を使って、それらしい編成を組んでみました。

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 編成両数も東北線と比べれば短く、日中の列車であれば4両程度、これに荷物車が加わったりすることもあったわけですが、その場合にはスユニ61あたりを連結すると感じが出そうです。

 取りあえずイメージと言うことで、いつもの東北線の列車を崩して、4両で編成を組んでみました。茶色主体で青は1両。しんがりを務めるのは車齢30年のオハフ33.。機関車は1977年製造ですから、どちらも管理人が高校生だった時のものです。

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 大きな機関車に短い編成の客車、まさにこれが奥羽本線のイメージでした。管理人は高校生になると一人旅を許されたので、こんな列車に乗って北へ南へと足を伸ばして行きました。「青春18きっぷ」などまだ無かった時代です。中学生の時に福島の親戚へ行くのに上野からEF57の鈍行で行って、すっかり鈍行の旅の魅力にはまってしまったので、けっして汽車賃をケチるのが目的ではなかったのです。でも、当時はこんな列車は注目されるはずも無く、模型の製品でも旧型客車の製品はほとんどありませんでした。高校生の頃、機関車も無いのに何でオハフ33のキットを買ったのか、と言えば、やはりそれだけ鈍行の旅の印象が強かったからなのでしょう。例え3000円程度のものでも使い道が無ければそんなものは買うわけないのですから。

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 そんな列車が現役だった頃に作られた模型が今走っています。改めて、模型と言うのは息の長い趣味なんだ、ということを実感します。3割4割引で安い!から買うと言う世界ではないんですね。自身の実体験にかぶせてイメージがよみがえるものであれば良いのです。工作と言う観点で行けば、上の写真で工房ひろの仕切のようにドアのディテールがあれば、と思われる方も多いのではないでしょうか。

 ED78は、まだまだいじる箇所があります。これで満足してはいけませんね。

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屋根の塗装

 ED78屋根の塗装を新製時のものから、東北地方では一般的なパターンに塗りなおしました。屋根の前後の部分とランボード上面を赤から黒にします。中途半端な面積ですが、筆で塗ると筆むらが目立って見苦しくなりますので、吹き付け塗装を行います。

 作業に当たっては、分解せずになるべくラクに作業をすることにして、塗料はGMスプレーの黒を使用します。

 まずはマスキング作業です。マスキングテープ、コピー用紙、ティッシュなど、身の回りにある使えそうなものを総動員します。入り組んだ部分には、細く切ったマスキングテープを使用すると吹き込み防止が容易に出来ます。

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 パンタを取り外すのも省略してティッシュでくるんでいます。徹底した手抜きモードですね。この状態で缶スプレーを吹きます。

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 くびれている部分に吹き残しがないよう、また特定の箇所だけボテ塗りにならないように、3回くらいに分けて塗ります。

 乾燥してマスキングをはがすと・・・。

783

 こんな具合になりました。ホイッスルカバーは後で色差しをします。元の黒と塗り足した部分の黒に艶の差がありますが、今の段階では気にしません。この後、機関車全体に艶消しコートを吹いて東北の機関車らしく仕上げるからです。「風雪の板谷峠を行く78」に見えるようにしたいと思います。

 作業時間はおよそ40分程度でした。昨日の写真と比べるとだいぶ印象が変わっていますね。キット並みの値段で捕獲した中古品なので、気兼ねなくいたずらできます。

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2008年12月25日 (木)

屋根塗装変更の検討

 ED78、屋根塗装変更の検討をしました。現状は下の写真の通りです。

781

 この塗り分けは新造時の塗装なのでしょうけれど、途中から雨どい内側やランボード上面が黒塗りに変更されていました。いろいろ探してみると資料が出てきました。上から見る機会が多い模型の場合、これは重要なポイントです。マスキングをいかに手を抜いてやるか、というのが完成品の加工のポイントです。実際の作業はこの後ですが、大体の作業イメージが出来ました。

 年末の強引な納品、店頭も繁忙な時期ですが、冬休みに工作をやろうという方も大勢いらっしゃいますので、工作記事も手を抜けません。完成品を買ったらおしまい、ではないのが鉄道模型なのですから。

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2008年12月20日 (土)

引き続き改修工事

 引き続きED78の改修を続けます。取りあえず白で表現してあったHゴムをすべてグレーにしました。明かり窓のピラーの銀は最後に入れます。これだけでもだいぶ落ち着いた感じになります。

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 次にプレートタイプのナンバーを切り抜き文字に変更するために、取り付けられていたナンバーを撤去しました。位置がずれていたメーカーズプレートもあわせて撤去しました。これらのプレート、なんと瞬間接着剤で接着してありました。カッターナイフで隙間からこじるようにして外しました。幸い接着剤の量がす少なかったので、周囲に白化もなく、残った接着剤もどうにか処理できそうです。塗装もはがれませんでした。

78chuou

 中古品の場合、前所有者が工作をやらない人だったりすると、接着剤の正しい使い方を知らなかったりして、このようなことになっていることがままありますから、注意する必要があります。

 車体外装全体を細かく見ると、屋根の塗り分けが新製時のものになっています。東北地方の交流機は、形式にかかわらず、後に雨どいの内側全体が黒に塗られるようになりましたから、この部分もいじりたいところです。

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 パンタはバネカバーの無いタイプで、スライダーが傾きやすい旧タイプのものですから、これも手持ちのカバー付きのものに交換します。

 スカート周りのディテールは、スカートが簡単に取り外せるので、ナイロン製のエアホースをロストのものに、電気暖房のケーブルは銅色のままではおかしいので黒く塗装します。

 車齢31年と言うことで、当然ながらキャブインテリアも付いていませんが、これもどうにかしたいところですね。いじるべきところがだんだん整理されてきました。

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2008年12月19日 (金)

風雪の奥羽本線板谷峠を思い出しながら

 最近はネットオークションで古い機関車を手に入れて、これに手を加えて楽しんでいる方も多いですね。程度はピンキリですが、材料として考えれば、比較的安価に入手できるのと、現在生産されていない機種にめぐり合えるというメリットがあります。

 管理人も、ED71、ED75、EF71があるのでED78が欲しいなと思っていました。先日天賞堂から久しぶりに再生産がありましたが、あの値段の完成品をいたずらするには勇気が要りますね。きれい過ぎる塗装だって値段のうちですから。たまたまネットオークションを見ていたら、出てきました。程度も良さそうなので応札してみました。結果的に現在の機関車の車体バラキット程度の金額で捕獲することが出来ました。

781

 1977年製造の天賞堂のものです。車齢31年ですが、車体の状態はとてもよく、走行も問題ありませんでした。管理人の持っているこれよりだいぶ後の缶モーターを積んだEF71よりも旧型モーターのこの78の方がマイルドな走りだったのにはちょっとびっくりです。

 古い製品ですので、白のHゴム、ナイロン製のまっすぐなエアホース、ダイキャスト製のジャンパ栓受けなど、今の水準から見ると物足りない部分もありますが、簡単に直せるところは手を入れてみることにします。最初はMV8モーターと固定式ギアボックスもMPギアにするつもりでしたが、恐ろしく良く走るので、これは当面そのままにすることにしました。最終的にED75のように、東北の交流機ならではの、あの枯れた感じに仕上げて、61系や35系など、茶色の客車中心で東北本線より一格落ちる奥羽本線や仙山線の列車を仕立ててみたいものです。このような亜幹線では、荷物車もスユニ61とかが顔を出せることになります。昔、山形駅で見た仙山線の最終列車山寺行きの最後部に付いていたスユニ61が何故か印象に残っています。編成の味付けも、ED75の東北線とは一味違うものに出来ます。

 ちょうどこの模型が製作された時代ですが、あの頃は仙台から山形まで普通列車では2時間半もかかっていました。仙台発の列車は作並あたりまで満員で、デッキ乗車をしていると列車の揺れで後ろの人に押されると転落しそうな感じでした。そんな満員の列車で特に恐ろしかったのは熊ヶ根の鉄橋でしたね。

 そんな仙山線も、今では快速電車が1時間で走るようになり、軌道も強化されてED75の入線が出来るようになって、いつのまにかED78はお役御免になりました。

 奥羽本線では本務機がED78、補機がEF71という役割分担でしたが、実際にはどちらも単機で使われることも多く、EF71がいかにも補機という形で使われていたのは、ED78+EF71重連の寝台特急「あけぼの」とか、重量貨物列車、そして気動車特急「つばさ」の前補機といったところだったでしょうか。

 普通列車では重連運用の回送を兼ねた総括重連の列車があり、客車4,5両の列車を重連で牽引するので、難所板谷峠を軽々と越えている感じがありました。当時の福島~米沢間は、途中の赤岩・板谷・峠・大沢の4駅が連続でスイッチバックになっていました。

 昔、親父の田舎の山形へ遊びに行った時に、今の季節だと関東平野は毎日良い天気ですから、当然傘を持って行かないのですが、上野から115系の鈍行で黒磯まで、そしてED75の客車列車に乗り換えて福島まで行くわけですが、そこまでは何の問題もありません。しかし、福島で乗り換えた奥羽本線の列車が福島盆地を離れて、最初のスイッチバックの赤岩に差し掛かる頃には空模様がにわかに怪しくなってきます。そして、しばらくすると、窓の外には雪が舞い始め、次の板谷駅に着く頃にはすっかり銀世界になっているのです。傘はもちろん、雪対策をしてこなかったことに気がつくのですが、もはや手遅れ、でした。板谷峠は太平洋側と日本海側を分ける分水嶺の峠なのです。頂上の峠駅を過ぎて米沢に差し掛かる手前の関根駅あたりでは、列車が吹き溜まりに突っ込んで動けなくなると言うことも良くありました。列車は豪快に雪を飛ばしながら米沢へと下って行きます。峠駅で求めたきーんと冷えた力餅をほおばりながら、効きすぎた暖房ですっかり汗をかいた窓から眺めた78の姿は、間違いなく「78の原風景」なのです。

 そんな原風景を再現するべく、さっそく78の加工に取り掛かります。

 最初は現行製品では改められているHゴムの色。白で表現されているものをねずみ色にしました。正面の窓は現行品のようなプラはめ込みではありませんが、窓が曇っていないのと、ピラーの形がこちらのほうが良いので、管理人は気に入っています。

 取りあえず片面のみ、しかも作業途中ですが、これだけでぐっと落ち着いてきました。

782

 いつものように、列車の旅を感じられるように仕上げてみたいと思います。仕事の合間で進行しますが、オークション捕獲品の遊び方のヒントになればと思います。

 

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