2008年2月18日 (月)

南部縦貫鉄道の思い出

 カツミのED75も完成が近づいて、どんな列車を仕立てようかな?とか、どんな風にディスプレイするか、などいろいろ思いを巡らせ始めました。手元にあるモデルの中で関連付け出来そうなものにこんなのがあります。

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 あまりにも有名な南部縦貫鉄道のレールバスです。この車両のモデルは路線休止の頃にN・16番とも各社から発売されましたが、これはムサシノモデルから発売されていたブラスモデルです。 運転台のシフトレバーまで再現されていたりして、細部まで作りこんでありますが、走行の方も低速が効いてなかなか良い感じです。

 このレールバスを初めて見たのは1970年代の後半でしたが、実際に乗ったのは1989年の5月のことでした。何とはなしに気になっていたものの、場所が場所だけにわざわざ乗りに良くチャンスもなかなか出来なかったのですが、この時はGWということで、北海道はまだ寒いし、時間的には余裕があるしということで訪ねてみたのです。

 路線開通当初から旅客輸送は見込めないということで、このようなレールバスが導入されたわけですが、この頃はまだ路線の廃止についての話題は全くと言って良いくらい出ておらず、数えるほどの乗客しかいないのにツーマン運行という実に不思議な路線でした。

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 野辺地駅で東北線の列車を降りると、駅の片隅にある縦貫鉄道ののりばへの跨線橋が架かっていて、床をギシギシ言わせて社線のりばへと進むと、お目当てのレールバスは既に到着していて、軽やかなアイドリング音を響かせながら、発車を待っていました。のんびりとした昼下がり、人気の無い駅にゆったりとした時間が流れていました。ホームの上にあった事務室で乗車券を求めると、乗車券の在庫が切れているようで、車内で車掌から買ってくれということでした。

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 発車までしばらく時間があったので、初めて間近で見るこのケッタイな乗り物をつぶさに観察してみました。三角窓の折り戸も昔バスにあったなあ、と懐かしく思ったり、前後方向に操作するスロットル、床にはシフトレバーとクラッチペダルまであって、一体どんな風に操作して走るのだろうか?とますます興味がわいてきました。

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 やがて時間が来ると運転士と車掌がやってきて、発車です。運転士はバスよろしくシフトレバーを操作してギアを入れますが、もう散々使い込まれた車だけにシフトレバーの遊びも大きく、運転士はシフトチェンジの度に大げさな?動作で操作をしていました。1速で発進するのですが起動するとすぐにセカンドへチェンジするのが通常のバスと違っていました。

 発車すると、それまでの穏やかなアイドリングとは一変して、ものすごい振動と縦揺れ、2軸車ならではの、タンタン、タンタンというジョイント音、何となく北海道を思わせる茫漠とした風景が印象的でした。

 ここには、ほかものどこの鉄道にも無い不思議な世界が広がっていたのです。すっかり魅せられた管理人はその後も何回か行きましたが、休止が発表されて人が集まるようになると足が遠のきました。もうあの本来の縦貫の世界には会えないと思ったからです。

 ED75の列車はこんなすばらしいところへも連れて行ってくれたのです。

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 七戸の駅で記念に求めた絵葉書にはED75の普通列車と併走するレールバスの写真も入っていました。両者とももう過去のものになってしまいましたが、どちらも楽しい鉄道の旅の主役だったことに違いありません。

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2008年2月17日 (日)

その後の鉄コレ新潟交通

 店のレイアウト試運転用に動力化した新潟交通モハ11ですが、せっかくなのでもう少しいじってみました。

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 ちょうど模型を見るような目線で写した写真がありましたから、これのイメージに近づけるべく、塗装に凝ってみました。製品状態で明らかに違うのは屋根の色です。製品では明るいグレーに塗られているので、全体の印象がずいぶん違った感じになっています。

 そこで、屋根の色と、ついでに交換したパンタにも色を塗ってみました。屋根はモデラーズのフラットブラックグレーを使いました。自動車色ということでつやありなのですが、乾燥した後、窓ガラスをはずして車体全体につや消しクリアーを吹くので特に問題にはなりません。パンタは金属部分、軟質プラ部分ともそのままでは塗料がはがれやすいので、あらかじめマッハのシールプライマーを筆塗りしておきました。雨どいの内側を残してマスキングテープを貼り、下塗りをしたパンタともどもまとめて吹き付けます。パンタは実物写真を見ると屋根と同じような色になっていますし、線も細いので、このようにまとめて吹き付けた方が自然な感じになります。筆塗りだとどうしても枠組みの部分がぼってりしがちです。シールプライマーも重いようでしたら、シンナーで若干薄めて筆ムラが出ないようにします。ただし、モデラーズの塗料は、最近問屋にも殆ど入荷しなくなって入手困難になっているのが残念なところです。

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 錆色のウエザリングはまだ施していませんが、これだけでもずいぶん印象が変わりました。製品状態と比べるとずいぶん違った感じです。

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 基本的な造形がしっかりしているので、こんな簡単な作業で驚くほど雰囲気が出るのです。作業自体は難しくないので、是非チャレンジしてみてください。こうした作業を通じて、模型というのはやはり実物あってのもの、ということに改めて気がつくでしょうし、実物に近づける工夫をする楽しみも発見できると思います。模型の世界は完成品がすべてではない、ということにも気づくと思います。

 管理人は普段Nゲージの加工はあまりやりませんし、指先の動きもまだ完璧ではありませんから、こうしていじっていると小さいなあ、やりにくいなあ、と思うのですが、でもこうしてイメージしていた姿に近づいてくると結構夢中になってしまいます。こうした作業は、色選び一つとってもマニュアルがあるわけではありませんので、自分の頭で考える必要があるのですが、その作戦がうまくいくとやはり嬉しいものです。

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2008年1月 1日 (火)

「大都電時代」の終焉

 ここ最近は「昭和ブーム」のようで、映画「3丁目の夕日」などが人気を集めています。あの映画でシンボリックに出てくる東京タワーも今年で50年を迎えます。東京タワーが建設された時代、東京の都電は40もの系統、200kmにも及ぶ路線を擁していました。映画の都電はCGだとかで、6000形ばかり出てくるという不満がありますが、1形式で290両も製造された路面電車は他にありません。類似デザインの木造鋼体化車両の3000・4000形を含めれば、このスタイルの車両が大半を占めていた時代は確かにあったのです。

 昭和39年のオリンピック、高度成長の華やかな時代、モータリゼーションの到来で、東京の路面電車は昭和40年代には次々に廃止されました。現在も残る荒川線も当初は5年間の期限付きでの存続だったのです。

 最後まで残ることになった荒川車庫には当然ながら程度の良い車両が集められました。恒久存続が決まったあとのワンマン化では、6000形が全廃になったものの、7000・7500形がワンマン車として生き残りました。7000形はワンマン化の時に、7500形も10年後くらいには冷房化に合わせて車体新造による更新が行われ、かつての面影はなくなりました。

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 しかし、この両者は、走行部分は古いままですので、今もなお、あの映画の時代に走っていた都電の乗り心地が楽しめるというわけです。でも、7000形は登場から52年、「都電最後の新車」といわれた7500形も46年を経過して、さすがに取替えの時期を迎えたようです。

 去年登場の9000形は、性能面では、この後の標準になるもので、平成20年度からは一般的な車体のものが導入されることになっています。程度の悪いものから順次置き換えるそうですが、平成21年度には10両というまとまった数の発注が予定されていて、大都電時代の生き証人も早晩消え去る運命にあるようです。平成二十年度には他にレトロ電車がもう1台予定されているなど、この先、荒川線の車両にはかなり変化が出てきそうです。

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2007年12月 5日 (水)

103系は・・・?

   間もなく店舗の方も再開しますが、そういえば山手線の103系、途中で止まっていましたね。比較と言う事で、カツミの103系も用意してありますが、この2つはまた店の方でやることにしたいと思います。京浜線の方は、クモハが先頭ということで山手とは趣の異なる編成になります。クモハが先頭だった頃はまだ非冷房だったので、キットの方は非冷房化しなければなりません。基本的なイメージは下の写真のような感じです。

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 この写真は1975年の秋に王子駅付近で撮影したものですが、当時103系は水のような存在でしたし、国鉄と言うのは全国どこでもおなじような車両が走っていると言う事もあって、まじめに撮影していなかったんですね。

 同じ場所で撮ったもの、こんなのもあります。今思えば、実にもったいないなあ、という感じですが・・・。

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 東北本線を行くEF58です。宇都宮や高崎にいた58は電気暖房が取り付けられてはいたものの、特に側面のフィルターが原型のままのものが多く、形態的には東海道筋のものより美しかったのですが、この頃はまだEF57が健在で、58は人気がありませんでした。その57なんかもいい加減に写していましたから、こんな曇りの日では周囲に溶け込んで何が何だかさっぱりわからない写真になっています。

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 客車の普通列車は東北線の他、信越線経由で直江津の方に抜ける列車の設定もありました。上越線の長岡行きはクモニ83とクモユ141を連結した115系の8両だったと記憶しています。

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 もったいないと言えば、これなんかもそうですね。サボに「上野-水上」とありますから、急行「ゆけむり」かな?下り向きがクハなのは横軽対策車だからです。他にも、数ある特急列車、旧型電機の長い貨物など、ネタは豊富だったのですが、殆ど撮影せずに眺めただけでした。そういえば、カツミから、ここを走っていた181系の「あさま」なんかも出ました。食堂のない8両編成で、ここを通る特急の中では最もしょぼかったものです。

 今はネットに古い写真などもたくさん出ていますので、模型の資料集めもずいぶんラクになりましたが、それにしても、残念なことをしたものです。

 今やっているED75にしても、この機関車の列車には何度となく乗っているのに殆ど写真を撮っていません。主な駅であれだけあった停車時間に何をしていたかと言えば、立ち食いソバを食べたり駅弁を買ったり、良くて、売店で買った缶ビールを片手に機関車を眺めたり、と言う感じでした。でも、客車に乗るといつも機関車の次の車両の一番前の席に座ったものです。窓を開ければ機関車が良く見えるし、音も良く聞こえるということで。客車列車に乗って遠くへ行く時は完全に「旅人モード」になっていたのかもしれません。

 103系だって、東京に住んでいれば、日常のものであると同時に、旅行の時だって最初と最後は必ずこれだったわけですから、旅人の目線で見た103系という作り方もあるのかもしれませんね。

 ここへ来て、そんな時代の主役たちが続々とブラスモデルで出てきます。

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2007年12月 1日 (土)

レトロモドキ?

 入院する直前に試運転の様子をご紹介した都電9000形、今では普通に走っています。この電車、レトロチックなデザインが目を引くわけですが、もっと重要なのは、このあと足回りが50年前後経過した7000形、7500形の置き換えをにらんだものであると言う点です。車体の方は現代的なデザインになるでしょうけれど、足回りはこの9001号の使用実績に基づいて多少手直しをするくらいになるのではないかと思います。

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 車体のデザインは「昭和初期の東京市電のイメージ」ということになっていますが、どうもこの手のレトロデザインのものにありがちな詰めの甘さみたいなものがあります。結果的にどこでも同じようなものになってしまうわけですが・・・。

 昭和初期は、電車の世界でも木造車から半鋼製車に移行する転換の時期でした。それに伴って車体形状も大きく変化したわけです。

 この手のレトロ電車では良く見るモニタールーフ調の屋根、クーラーやSIV装置を隠すために良く採用されますが、実際には大正末期頃までの木造車に多かったもので、半鋼製車では省線のモハ30やオハ31、スハ32の初期のグループなど、どちらかと言うと例外的な存在と言う事になります。クーラーのカバーと言う事でモニター部分の背が高く、この部分が存在を主張し過ぎのようにも思えます。

 早い話が、模型でフリーランスの車両をデザインするのと同じで、「昭和初期」とかコンセプトを掲げたからには、それらしく見せる工夫が必要なのですが、その辺のツメの甘さを感じるものが多いですね。

 同じ路面電車というカテゴリーで、本当に「昭和初期」に作られたものとしては、こんなものが上げられるでしょうか。

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 昭和2、3年の製造ですが、今もなお現役で走っています。丸屋根にはなっているものの、木造車の面影を残す1段下降窓である点がこの時代の電車の特徴です。関西ではその後も下降式の窓が好まれて、戦後に至るまで一貫して使い続けているところもあります。

 その戦後、ちょうど今流行の昭和30年代は、というと映画の「三丁目の夕陽」では、都電は6000形ばかり出てくるわけですが、実際には結構近代的な設計の車両も出てきています。その頂点はPCCカー5501号でしょうけれど、他にも6500形や7020(初代)のような意欲作もあり、他に7000形や8000形などもそこそこの数がありましたから、6000形だけというのはいくら主力だと言ってもやはり不自然ですね。

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  これは昭和37,8年に木造車のモーターを流用して作られた阪堺電車のモ350形です。全金属製の車体、空気バネ台車など、今見ても立派なものですが、これより少し前に製造された同形状の新製車モ501形ではカルダン駆動、発電ブレーキ装備など、同時期の高速電車と変わらない最新技術が投入されています。

 昭和30年代と言うのはいよいよ日本が高度成長に向かい始めた時期で、人々の生活もまだまだ足りないものが多かったけれど、新しいものがどんどん家庭に入り始めた時期です。 

 路面電車その後モータリゼーションの進展とともに衰退の一途をたどるわけですが、この時期はまだ新しいものを取り入れようとする動きはあったわけです。ですから、この時代を描くにしても、あまりにセピア色っぽくするのは、何だか違うなあと思うのです。未来への希望が形になり始めた夢のある時代だったと思います。

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 さて、これが9001の車内ですが、この辺はもう江ノ電もJR九州の「いさぶろう」も殆ど似たような感じで、特に目新しさを感じません。木目調で落ち着きを出そうというのであれば、伝統的に木目デザインを採用している阪急電車のインテリアなんかが、自然な感じで良いと思います。運転席背面には大きな液晶ディスプレイがあったりするわけですが、何でも取り込もうとするとやはりまとまりがなくなりますね。

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ちなみに、本物の昭和初期の電車の車内はこんな感じです。ペンキで塗りつぶされているとは言え、柱や座席の袖板など凝った造りの木製です。

 やはり80年も走り続けたものに「レトロ調」は勝てないわけですし、路面電車=レトロなものという陳腐な考え方もどうかと思います。ヤラセっぽいものはお金をかけても飽きられるのは早いし、町の風景とのマッチングを考えれば、皇居のお堀端に赤と黄色のド派手なビルを建てるのと変わらないように思うのですが。一般タイプの車両がどんなデザインになるのか、とても気になるところです、

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2007年11月22日 (木)

バスコレ改造ネタに!?

 阪堺電車を見た後は浜寺公園駅から南海電車で和歌山港へ、そこから南海フェリーで徳島へ渡りました。

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 大阪なんばからの「四国連絡特急」のルートで、今も一部指定席の特急「サザン」が設定されていますが、明石海峡大橋など四国連絡道路がたくさん出来た現在、大阪対四国は時間的にも料金的にも優位な高速バスが主流になっているようです。

 徳島駅も駅ビルなどが出来て表側はすっかり面目を一新していますが、駅の構内は四国特有の狭苦しいままです。ここから高松までは70km程度ですが、普通列車ではなんと2時間もかかります。この辺も昔と変わりませんね。

 さて、徳島港からバスに乗って駅前にやってきました。列車までしばらく時間があるので、駅前でバスを眺める事にしました。駅前には市営バス、徳島バスなどがやってくるのですが、特に市営バスにはバスコレで出ている車にちょっと手を加えれば出来そうなものが結構ありました。

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 これなんかは、どうも都営のグリーンライナーあたりが元ネタっぽい感じですね。局番号がナンバープレートに対応しているのは地方のバスによくあります。頭の「I」はいすずと言う意味ですね。

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 こちらもかなり古いキュービックです。側面の行き先表示を移設したのかな?と言う感じで、これもどこかの中古でしょう。他にキュービックではISUZUのロゴが車体に入っているものがありましたが、どうやらそれはオリジナルっぽい感じでした。塗装もシンプルなので、窓などをちょっと差し替えたりして他人が持っていない仕様にするのにちょうどいいかな、と思いました。

 静岡ホビーショウへ行ったはずなのに全然関係ないところへ来てしまいました。

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2007年11月21日 (水)

素敵な待合所

 平面交差や交差点での分岐シーンは路面電車の魅力の一つですね。

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 ここは阪堺電車の住吉電停。阪堺電車の運転系統は、恵美須町~浜寺駅前、天王寺駅前~住吉駅前、天王寺駅前~あびこ道の3パターンですが、ここには全ての系統が集まり、ポイントを切り替えてそれぞれの行き先へと向かっていきます。今、あびこ道からやってきた電車がポイントを切り替えて天王寺駅方向に進路を変えています。昭和のごく初期に製作された大型の電車がフットゴングをチン!チン!と鳴らしながら、濁った感じのモーター音を響かせて、ガタガタと複雑なポイントを渡って行く光景は、いかにも関西の路面電車という感じで、関東以北のそれにはない独特の魅力を放っています。

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 ここの線路配置は平面交差に左右の亘り線が付いたよくあるパターンですが、メインのクロッシングが直角ではないので見た目の面白さがあります。写真を撮るにしても、撮影位置によってかなり雰囲気が変わります。

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 この広告電車のカラーリングも、良くも悪くも、いかにも大阪と言う感じですね。

 そんな住吉電停の傍らに素敵な待合所があります。

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 小さなものですが、そのデザインから見て恐らく明治か大正時代に造られたものではないでしょうか?この電車の終点浜寺駅前に隣接する浜寺公園駅の駅舎にも通じるものがあります。

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 これがその浜寺公園駅です。東京駅で有名な辰野金吾の作だそうで、堂々とした明治の洋風建築です。

 おやっ!と思われる場所に意外なものがたくさん出てくる阪堺電車です。今は模型でも路面電車が充実してきましたし、折からの「昭和ブーム」で、昭和の街を再現できるストラクチュアもたくさん出ています。実際に街を歩いて感じた「街の匂い」を感じさせるレイアウトを作って見たいものです。

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2007年11月19日 (月)

続・ほのぼの阪堺電車

 以前にもご紹介した阪堺電車の沿線は、古い大阪の街の面影を色濃く残しています。始発の恵美須町周辺、通天閣や新世界あたりは有名ですが、他にも素晴らしい場所がたくさんあります。

 今回は多少時間があったので、1日乗車券を使って歩いてみました。

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何となく降りたここは北天下茶屋という電停です。住宅地の専用軌道ということで、東京の世田谷線や荒川線あたりと似た雰囲気が漂います。ちょっと意外なのは、停留場の前の小さな踏切の両側が商店街になっていることです。

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 電停から見ると、住宅の間の路地くらいにしか見えないのですが、実はこんな具合になっていて、ちょっと意外なシチュエーションです。一緒に行った人間が、ここでパン屋とも駄菓子屋ともつかない店を見つけて、店頭に山積みされていた自家製らしきミニバウムクーヘンを買っていました。バウムクーヘンのイメージとこの場所のギャップがちょっと面白く感じました。

 踏切脇のお好み焼きも気になりますね。夕暮れ時になって明かりが点るといいにおいが漂って来るんでしょう。

 パン屋のおじさんの「おおきに」の声に送られて、先に進みました。

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2007年11月16日 (金)

豊橋鉄道市内線②

 その豊橋鉄道市内線ですが、終点の赤岩口にある車庫は、模型のレイアウトネタに良さそうな感じです。普通路面電車の車庫は市街地にあるので、スペースの節約もあってトラバーサを使用したものが多いのですが、ここは普通の鉄道線のようないわゆるヤナギ線の形になっています。

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 ポイントも路面電車の形状ではなく一般的な形になっています。模型でトラバーサーを作るのは大変ですし、このくらいの規模のものであればレイアウトに組み込むのもそう難しくはなさそうです。左側の建屋は工場の機能を持っているようです。この辺を適宜アレンジしてみるのも面白いかもしれませんね。

 車庫の傍らに置く小物も路面電車らしいものにしておきたいところです。ここにはこんなものがありました。

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 恐らく東京の都電あたりの中古品と思しきクーラーです。敷地の片隅にこうしたものが無造作に置いてあるのはどこでも一緒ですが、その中身を路面電車らしいものにすることで、トラバーサーがなくても、ここは路面電車の車庫だよということをアピールできると思うのです。

 やはりレイアウトでもなるべくなら実在するものを基にしたいものです。路面電車の製品もだいぶ増えてきましたが、車庫をどうしようかとお考えの方も多いと思います。こんな感じで一般的なレールの組み合わせでできてしまう事例をみつけてしまいましたので、ご紹介しました。

 車庫の奥におやっ?と思わせるものがあるのも通例ですが、ここの場合はこれでした。

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 ぶらっと立ち寄った豊橋ですが、結構面白い発見があって、ホビーショウの展示より面白かったかもしれません。

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2007年11月15日 (木)

豊橋鉄道市内線①

 ようやく退院できましたので、当雑談室も久しぶりに写真入の従来のスタイルに戻す事にします。容量が大きくなってしまってごめんなさいなのですが、やはり画像があった方が楽しいし、わかりやすいですよね。

 と言うわけで、今回は静岡ホビーショウの帰りに立ち寄った豊橋の市内電車です。モデモからはNスケールで3500形が発売される事になりましたからネタとしてはタイムリーかな?豊橋駅前から車庫のある赤岩口までと途中で分岐して運動公園前までの2系統ですが、全線合わせても5kmちょっとの小規模なものです。末端部分には単線区間があったりして、小さな地方都市の路面電車の雰囲気を残しています。

 実は、東京都電の7000形の3500形も気になってはいたのですが、なかなか豊橋に立ち寄る時間も無くて乗るチャンスもなかったのですが、今回は車両の大幅な入れ換えもあったので、時間を作って寄ってみました。

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  ご覧の通り、親会社名鉄の岐阜地区の600V区間の全廃に伴ってやってきた車両が主力になっていますが、これらに混じって3500形も健在です。しかし、すっかり脇役になった感は否めません。

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 この日出ていたのは、今度模型になる「ヤマサちくわ号」の3502でした。最初に非冷房で譲渡された2両のうちの1両です。

 ゲージの変更、ステップの取り付けとそれに伴う後扉の移設など、かなり手が入っています。クーラーの取り付け方法なども東京のものとは異なっています。面白かったのは、東京の都電にある自動で「チンチン」のベルを鳴らすシステムが残してあった事でしょうか。

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  車内はこんな感じです。後のドアがずれた関係でドアコックが置いてきぼりにされた感じですし。ステップがあるのも何か変な感じですね。クーラーのダクトは103系のように下に出っ張った形になっていました。

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