最近はちょっとした「鉄道ブーム」ということで、テレビや雑誌などでも鉄道の旅がよく取り上げられます。「快速運転を行わない純粋な鈍行で一番長いのは?」などといった話題も良く取り上げられます。根室本線滝川9:38発の釧路行きは、途中で列車番号が変わることもなく、一部通過駅はあるものの、滝川~釧路間308.4kmを実に8時間掛けて運転します。管理人が学生の頃は、函館発旭川行き(倶知安経由)とか小樽発釧路行き「からまつ」などもっと長距離を走る列車もありましたが、国鉄の分割民営化に際して、ローカル輸送についてはフリークェントサービスが重要視されるようになって、全国的に長距離の普通列車は整理されてしまいました。しかし、広大な台地で人口が希薄な北海道ではそんなにたくさんの車両は要らず、合理化のため車両基地は集約されていますから、そこへの出入庫を兼ねての列車として長距離を運転する列車が残ることになりました。石北本線網走12:10発遠軽行きなども、遠軽からは16:12発、1日1本の旭川行きとなって旭川運転所に帰っていきます。下りの送り込みも上川~白滝間にあるたった1本だけの普通列車がそれなのですが、こちらは旭川~上川間を回送列車として運転するので乗車することは出来ません。
さて今回は病院に半年も閉じ込められた後なので、うまいものを食べる!のも目的の一つでした。ゆっくり列車に乗って模型ネタを集めること、列車の旅をストレスなくこなせるかを確かめることなど、やることは一杯ありました。
札幌へ立ち寄った後はいよいよ道東へ向かいます。札幌6:02発の旭川行き普通列車はキハ40の3両編成ですが、一番後ろの車は回送扱いです。滝川以遠がワンマン運転になるからなのでしょう。この列車も函館本線旭川地区の区間列車に使うキハ40の送り込みという性格を持っているようです。
朝の時間帯ですので、この後の列車も、今はすっかり陰の薄くなった711系などが使われているのを見ることが出来ました。
さて、滝川からは件の釧路行き2429D列車に乗り込みます。昔は札幌と道東を結ぶ大幹線でしたが、石勝線が出来てからは優等列車も通らず、すっかりローカル線と言う風情になってしまいました。列車は駅本屋の前の1番のりばから発車します。
キハ40単行のワンマン列車です。このあたりではエンジンを交換した1700番台がだいぶ増えてきているようでした。まだまだ使うと言うことなのでしょうね。よく観察すると、最近の道内ではデフォルトのホイッスルが付き、「ワンマン」の表示が黒文字に変わっています。助士席下の蓋が撤去されて凹んだ状態になっているのも最近の特徴ですが、これをやるとマスキングで思い切り苦労しそうです。道内のキハ40は全て1エンド側(動力台車側)に幌が付き、こちらが、札幌を基準にして函館向きになっています。なるほど、釧路から網走を経由して旭川に戻っても向きは変わりませんし、他は全部袋小路ですから問題ないわけです。石北線については遠軽駅の構造を考えれば納得できますね。千歳線には気動車の普通列車の設定はありませんし、苫小牧から函館線へは室蘭線志文経由を基本に考えることになります。
列車は9:38定時で発車しました。ワンマン列車ですから、発車ベルもなく、長距離列車の割にはあっけないスタートです。
列車はかつて炭鉱で栄えた赤平・芦別を通り、空知川を遡るように富良野へと向かいます。富良野駅では先に快速富良野行きとして運転してきた車両を連結して、ここからは2両運転です。
向こう側に止まっているのは富良野線の列車です。ラベンダー見物は旭川から富良野線で行くのがデフォルトのようです。21分停車の後、列車は石狩・十勝の国境、狩勝峠へと向かいます。「ぽっぽ屋」のロケをやったことでおなじみの幾寅駅を過ぎて新狩勝トンネル西口の落合駅に到着します。ここでは上り列車と、この先の信号場で合流する石勝線の特急列車を待って15分ほど止まります。
かつては主要幹線だっただけに、広々とした構内が印象的です。
北海道では今もなお、路面電車の停留場よろしく上下の列車がななめに停車する駅も多く残っています。そのために、駅の敷地は2列車分の長さがあるところも珍しくありません。そして、このトタン屋根の駅舎ですね。
駅舎もまた、ホームの上にゆったりと建っている感じなのがいかにも北海道という感じです。模型で作るのであれば建物の周りに例のルピナスでも生やしてみるのも良さそうです。周りの建物もやはり瓦屋根のものはありませんね。列車はこの駅を出ると程なく石勝線と合流し、新狩勝トンネルを抜けて新得へと下ります。車窓に広がる十勝平野の雄大な眺めは、かつて篠ノ井線の姨捨、肥薩線の矢岳~真幸間とともに「日本三台車窓」のひとつとされていましたが、新線となった現在でもなおその命脈は絶えていないようです。新得を出ると列車はおよそ1時間で十勝平野の中心地、帯広に到着します。時間は早4時間を経過して、そろそろ昼食にしたいところ。帯広駅では先に池田行きの列車を出して、こちらは31分間の停車です。
帯広と言えばご当地グルメとして「豚丼」が有名ですが、駅弁にもばっちり存在します。
一時期大手の牛丼チェーンが牛肉の代わりにやったものとはかなり趣が異なります。容器の下にある紐を引くと湯気が出ていつでもアツアツが食べられるようになっています。
さて、十勝平野の中心、帯広には石勝線を経由して貨物列車も入ってきます。
さすがに貨車はコキ100系ではなく、コキ50000が主流ですが、機関車の方はDD51の更新機でさえ脇役といった風情で、世代交代が進んでいることを感じさせます。
およそ30分の停車の後、列車は再び走り出します。帯広の周辺の人の流れは、池田、浦幌あたりが区切りになっているようで、浦幌より遠く釧路方面との行き来は特急列車以外は殆どありません。
近郊区間といっても乗る人は限られているのでしょう。ホームも山の中の駅と同じくらい低いものです。
道内唯一の第3セクター鉄道だったふるさと銀河線も既になく、乗換駅だった池田駅もがらんとしていました。
列車は引き続き広大な十勝平野を走っていきます。これといって目を引くようなものがあるわけではないのですが、スケールの大きさに圧倒されて見ていて飽きません。
浦幌を過ぎると列車の中はほぼ空っぽ、文字通り釧路への回送列車という風情になります。この後乗ってくるのは釧路近辺の高校生だけになります。
これは1700番台の車内ですが、天井の扇風機がバス用のラインデリア?に変わっているのが目に付きます。山間を抜けると列車は太平洋を間近に見ながら走るのですが、これだけ広々していれば車窓もゆったりと楽しめます。
浦幌を過ぎて、常豊信号場で貨物列車との交換がありました。
いつの間にかDF200、釧路まで行くようになっていたんですね。人家一軒ない風景に外国の機関車のようなデザインが良く似合います。
この先釧路まで、街らしい街といえば白糠くらいで、車窓も最果てを目指すイメージが強くなってきます。
太平洋岸の尺別駅では上り列車と交換です。海沿いの殺風景な駅と、空の青さのコントラストが印象的です。白糠を過ぎると、今の時期、この地方に特有の霧が出てきました。窓の外が一面乳白色の霧に包まれる光景は幻想的でさえあります。
大楽毛で高校生を乗せた日本一の普通列車は定刻17:38に釧路駅に到着しました。
かつて道東最大の都市として賑わった釧路にその面影はありませんでした。駅舎の地下にあった「ステーションデパート」も閉店し、駅前の元デパートも取り壊されて、やたらとホテルが増えていました。
かつて神奈中バスの中古車で賑わったバスターミナルもがらんとして、時折関西から来たと思われる58MCが通るくらいになっていました。
今からおよそ30年前、上野から普通列車を乗り継いで夜行「からまつ」で釧路に着こうというときには、白糠あたりから客車の中は満員になっていたことを思うと、この寂れぶりは痛く心に突き刺さるようなものがありました。
せいぜいこんなものでも食べて気を取り直して次に進むことにしました。
駅前の和商市場名物の「勝手丼」です。いつも釧路へ行くと買う蟹屋さんまで勝手丼を始めていたので、今回は「毛がにスペシャル」です。
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