2011年12月13日 (火)

スカイツリー

 東京都内のいたるところから目にする「東京スカイツリー」。何しろ下の展望台が東京タワーのてっぺんより高い、ということですから、ここに上ったら、いつも歩きまわっている街がどんな風に見えるのか?とても気になりますね。高度成長時代の新幹線や東京タワー以来、久しぶりの「世界一」ですから、東京に長らく住んでいる管理人は、子供のようにワクワクしています。問屋街からも歩ける距離ですから、時々偵察に行っています。

Tst01

 タワー本体の外観はほぼ完成して、今は展望台や足元のショッピングモールの内装工事真っ盛りという感じです。

Mashita

 真下から見るとこんな感じです。真っ白な塗装が冬の青空に映えます。この角度から見ると、東京タワーの倍近い高さがあるのを実感します。首が痛くなります。

 入場は、最初のうちは完全予約制だそうですが、素朴な疑問が、雨降りで展望台が雲の中に入った時はどうなるの?ということですね。スカイツリーのHPにある団体予約のFAQに、「眺望を理由とした入場制限や払い戻し、割引などはありません」と書いてありました。お試しで上るのなら、完全予約が終わった後に、天気を見ながら問屋に行ったついでにブラブラという感じで行くのが一番良さそうです。

 ショッピングモールにこんな横断幕がありました。

Hyougo

 まあそういうことですが、スカイツリーが634mに到達したのも、大震災の直後でしたね。

 いろいろな所から見えるので、写真の題材にも使いたくなります。

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 この場所は、建設中に電車の後ろの窓から見ていて見つけたのですが、今ではすっかり有名になりました。時間が止まったような専用軌道や下町の街並みと、最新のスカイツリーの対比が面白いですね。交通局100周年のDVDでも登場していた場所です。

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 そして、動画で撮るのならば、今や路面電車でも少なくなった吊掛け駆動の7000形あたりを入れてやると良いかもしれません。こちらもいよいよ老朽廃車が出始めて、来年度には代替の新車も投入されるようですから。

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 いつの間にか、VVVF車が半数近くを占めるようになりました。ようやく現代水準になったという感じではありますが・・・。

 スカイツリーの模型もいろいろ出ていますが、比較的手軽で印象が良かったのはバンダイのこれですね。

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 トミーテックの「クリスタルスカイツリー」は、タワー本体がアクリルの平板で、いくらなんでもというくらいの手抜き製品でした。ごっそり残ったと見えて、特値で処分する方向のようです。

 

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2011年11月22日 (火)

ちょっとした気配り・・・

 先日、大阪から東海道・山陽本線を下って、九州に向かっている時のことです。連絡列車の時間調整を兼ねて、岡山駅で途中下車して昼食にしました。駅前のバスターミナルで、こんなのを見つけました。

Okaden

 岡電バスの回送車ですが、LEDの行き先表示には、「すみません 回送中です」とあります。バス停で待っているお客さんに対する気配りなんでしょうね。普通だったら「回送」とあるだけですが。何かいいなあ、と思いました。

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2011年11月20日 (日)

どうでもいいようなものをいろいろ見て来ました

 復活4周年ということで、復活具合のテストも兼ねて歩き回って来ました。普段歩かない他所の街をストレスなく歩けるようになって来ているのか、ということを確認するのが第一でしたが、途中であれ?と思うようなものもいろいろ見つけました。

 先ずは鹿児島の市電。

K1_2

 何年か前に、このタイプの電車がこの色に戻っていたので、今はやりのリバイバルカラーかな、と思っていたのですが・・・。

K2

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 低床電車「ユートラム」と広告電車以外の一般車は、みんなこの色になってしまったようです。角ばった比較的近年のデザインの車体に金太郎塗装という、いささかちぐはぐなものになっています。新塗装として30年前のものが再度採用されるとは・・・。

Senyou 

 谷山行きの専用軌道も、いつの間にかPCマクラギの近代的な姿になっていました。

 次はJR。

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 鹿児島の貨物ターミナルの脇の機関車だまりですが、良く見るとED76に交じってEF81の姿が。いつから八代以南に入れるようになったんでしょう?ED76もいずれはこうした全国標準の機種で置き換えられていくのでしょう。

 そして、錦江湾にはこんなものも。

Sensui 

 時節柄、これは分るような気もしますが…。

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2011年7月12日 (火)

3年ぶりの小清水原生花園

 時間があったので、久しぶりに小清水原生花園へ行ってきました。オホーツク海側に点在する原生花園の中では、もっとも有名なところです。網走と斜里の中間、オホーツク海と濤沸湖の間の砂丘に8Kmにわたって続く天然のお花畑です。

Eki

 夏の間は、そこを通るJR釧網本線に駅が開設され、隣接して駐車場やインフォメーションセンターもあります。レンタカーや観光バスで来る人が多いので、駅舎は駅というよりはお土産屋という感じです。

Ressha

 汽車に乗ってくる人はあまりいません…。

Sharidake

 広大な草原の彼方に、日本百名山の一つ、斜里岳が浮かぶ茫漠とした小清水の風景は、いかにも最果てという感じで、北海道の風景の中でも最も気に入っているものの一つです。

 実は、4年前に入院している時にこんなのを見つけました。

http://www.stv.ne.jp/webcam/koshimizu/index.html

 リハビリ病院ということで、あまりうるさいことは言われなかったので、ケータイでインターネットをやって遊んでいたのですが、このページを見ていると複雑な気持ちになりました。何しろ完全に歩けなくなって、車いす生活でしたから、もう2度と行くことはないのかな、とか思ったりしました。時間とともに画面に映る小清水は夏へ、そして9月になって早、秋の気配が濃厚になってきます。ひと夏丸々パーにしたような気持でした。秋の彼岸の頃に、ついに杖なしで歩くきっかけをつかみましたが、小清水へ行くにはまだまだハードルが高いと思いました。その後2か月間、猛烈な杖なし歩行訓練をやって、電車やバスに乗れるところまで来て退院しました。さらに半年間、日常生活の中で調整の後、ついに北海道へ行くことになりました。真っ先に釧路の和商市場と、小清水へ行ったのは言うまでもありません。ライブカメラの設置されているインフォメーションセンターに到着した時は感激しました。

 でも、その時は「果たして安全に行って来られるか」というのが最大の課題だったので、あまり無理が出来ず、遊歩道なども難しかったのですが、今回はだいぶ余裕が出てきて、その遊歩道もぐるりと回ることが出来ました。

Hodou

 健康な人ならどうということもありませんが、不規則な階段、そして手すりとしてはほとんど機能しない柵があるだけですから、片麻痺になってしまった人間にとってはかなりいやらしいパターンです。でも、これをこなせたということで、引き続き機能が少しずつ回復しているということを確認できました。

Mokotoyama

 その遊歩道を上ったところから見た風景です。向こうの山は、標高1000mの藻琴山、手前の水面は濤沸湖です。道路と湖の間の原っぱには馬がいたりします。

Yuri  

 6月下旬ということで、エゾスカシユリが見ごろになっていました。夏が短い道東なので、6月下旬から7月にかけていろいろな花が一斉に咲くのです。

Hana

 ツアーなどでも組み込まれているところですが、出来れば列車で、まったりと訪ねたいスポットだと思います。

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2011年7月 4日 (月)

変わりゆく札幌市営地下鉄・市電

   他所の大きな街を旅する時の楽しみの一つに、路面電車や地下鉄といった市内の乗り物があります。同じ地下鉄でも東京と大阪では、雰囲気が全く違いますね。

 札幌の市内交通は、路面電車の時代にはヨーロッパ風の丸みを帯びた大きな窓の連接車、地下鉄は同様のデザインの車体にゴムタイヤの案内軌条方式と、極めて個性の強いものがありました。

 南北線初代の1000・2000形では、2両連接・7軸という極めて変わった軸配置でしたが、東西線から一般的な電車のような2軸ボギー車になり、現在の南北線も主力の5000形はボギー車になっています。その南北線に、2000形の増備・置き換え用として投入された3000形というのがあります。

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 2000形と違って、2軸台車にはなっていますが、この車はまだ連接車で、交通資料館にある「はるにれ」「すずかけ」のスピリッツが感じられます。車体のデザインは、東西線6000形の影響を受けて、だいぶおとなしくなっていますが、連接車であるが故の変則的な扉配置と、タイヤの存在が強調されている?デザインは2000形に通じるものがあります。札幌の地下鉄らしさ、とでもいうのでしょうか。

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 乗ってみると、市電の連接車ゆずりの大きな窓と低い背刷りが、札幌らしさを感じさせてくれます。そして、猛烈な加減速とモノレールのような乗り心地、札幌の地下鉄はやっぱりこうだな、と思います。

 この南北線も、東西線に続いて2014年にはホームドアを設置してワンマン運転になり、3000形は消えるようです。既にホームドアの準備工事が始まっていました。

 個性的といえば、市電もそうだったのですが、最近の更新車は他でも見かけるようなスタイルで、だんだん札幌らしさが薄くなっているようです。

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 台車だけは流用品なので、札幌独特の謎っぽい形態ですが…。

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 やっぱりこういった丸っこい車体、というのが札幌市電のイメージですね。

 地下鉄も市電も雰囲気が変わりつつある札幌です。

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2011年7月 3日 (日)

消えゆく「汽車の駅」

 最近列車で旅行をして気が付くのは、幹線の「主要駅」の姿が著しく変化していることです。たとえば、県庁所在地の駅など、どこも軒並み高架線になって来ています。

 昔の国鉄の主要駅と言えば、駅の本屋と鉄道管理局が一体になったビルがあって、改札を抜けると直接1番のりばに出る、という感じのものが多かったですね。1・2階や地下1階はお土産や飲食店が入った「ステーションデパート」になっているのが定番でした。主要駅ですから、数本のホームがあって、その向こうは客車や貨車がたくさん止まっている、という感じでした。垢抜けない感じがいかにも地方都市という感じで、これがまた旅の雰囲気を盛り上げてくれました。模型の視点で行けば、こうした駅には特急から鈍行まで様々な列車が並んでいましたから、結構面白い題材だと思うのですが、レイアウトの作例などでもあまり見かけません。昭和30~40年代、在来線が最も輝いていた時代の再現には欠かせません。北海道ならば、大型蒸機の急行列車などとの組み合わせもできそうです。「国電の駅」とは違う、風格のある「汽車の駅」です。

 その北海道も、先般旭川駅が高架化されて、残るは釧路駅のみになりました。

Asa1

 その旭川駅の現状です。一番奥の富良野線ホームや運転所のあったスペースに高架線が建設されました。駅本屋の機能はホームの真下にまとめられています。鉄道管理局やステーションデパートなど、「お約束」のものが入っていた旧本屋は目下解体中でした。その後はまた駅ビルでも建てるつもりなのでしょうか?

Asa2

 高架線の下の新しい駅に入ってみます。旧駅では、本屋から直接出られる1番のりばは、折り返し札幌方面の特急列車が主に使用して、ホームには特大サイズの駅弁ワゴンがいていかにも「主な駅」という感じでしたが、今度の駅は実にあっさりしています。ちょっと大きい私鉄の駅という風情です。改札口から列車が見えないというのもちょっと、という感じがしますね。

Asa3

 ホームも何となく私鉄っぽい感じです。最新の特急電車であれば、まあこういう組み合わせになるんだろうな、という気がしますが・・・

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 ワンマンのキハ40はミスマッチという感じです。雪の多いところだけにホーム全体が大きな屋根で覆われていて、線路の構造にも配慮が見られます。屋根を支える柱が何となく小田急線秦野駅のそれと似ているように思いました。かろうじてホームの駅弁売りは残っていましたが、こうしてまた一つ「汽車の駅」が消えていきました。

 本州にもかつてはたくさんありましたが、東京から比較的近く、オリジナルの雰囲気を良く残しているのが新潟駅です。駅前にタクシーやバスが無造作に入り込んでいるというのも、この手の駅に共通しています。眺めていると、結構古いバスがやってきたりするのは、地方都市の楽しみの一つですね。N1

 やはり鉄道管理局とステーションデパート的なものが入ったスタイルで、現在に至るまで比較的原形をとどめています。しかし、ここもすでに高架工事が始まっており、そう遠くないうちに姿を消しそうです。

N2

 正面の改札です。自動改札になり、発車案内もLEDですが、案内放送が自動放送でなく、終日肉声によるものが本屋内に流れるのは、今となっては貴重かもしれません。「間もなく1番線から村上行きが発車いたします。豊栄・新発田・坂町方面 村上行きをご利用の方は1番線の列車にご乗車ください」といったありふれた放送が無機質な機械の声か肉声なのかで駅構内の雰囲気がずいぶん変わるものです。改札の向こうに止まっている列車も国鉄形中心というのもポイント高いですね。

 JRになって20年以上が経過し、車両だけでなく、駅なども着実に変化しています。見落とされがちなジャンルですが、在来線が華やかだった時代の名残として記録しておきたいものです。

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消えゆく「汽車の駅」

 最近列車で旅行をして気が付くのは、幹線の「主要駅」の姿が著しく変化していることです。たとえば、県庁所在地の駅など、どこも軒並み高架線になって来ています。

 昔の国鉄の主要駅と言えば、駅の本屋と鉄道管理局が一体になったビルがあって、改札を抜けると直接1番のりばに出る、という感じのものが多かったですね。1・2階や地下1階はお土産や飲食店が入った「ステーションデパート」になっているのが定番でした。主要駅ですから、数本のホームがあって、その向こうは客車や貨車がたくさん止まっている、という感じでした。垢抜けない感じがいかにも地方都市という感じで、これがまた旅の雰囲気を盛り上げてくれました。模型の視点で行けば、こうした駅には特急から鈍行まで様々な列車が並んでいましたから、結構面白い題材だと思うのですが、レイアウトの作例などでもあまり見かけません。昭和30~40年代、在来線が最も輝いていた時代の再現には欠かせません。北海道ならば、大型蒸機の急行列車などとの組み合わせもできそうです。「国電の駅」とは違う、風格のある「汽車の駅」です。

 その北海道も、先般旭川駅が高架化されて、残るは釧路駅のみになりました。

Asa1

 その旭川駅の現状です。一番奥の富良野線ホームや運転所のあったスペースに高架線が建設されました。駅本屋の機能はホームの真下にまとめられています。鉄道管理局やステーションデパートなど、「お約束」のものが入っていた旧本屋は目下解体中でした。その後はまた駅ビルでも建てるつもりなのでしょうか?

Asa2

 高架線の下の新しい駅に入ってみます。旧駅では、本屋から直接出られる1番のりばは、折り返し札幌方面の特急列車が主に使用して、ホームには特大サイズの駅弁ワゴンがいていかにも「主な駅」という感じでしたが、今度の駅は実にあっさりしています。ちょっと大きい私鉄の駅という風情です。改札口から列車が見えないというのもちょっと、という感じがしますね。

Asa3

 ホームも何となく私鉄っぽい感じです。最新の特急電車であれば、まあこういう組み合わせになるんだろうな、という気がしますが・・・

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 ワンマンのキハ40はミスマッチという感じです。雪の多いところだけにホーム全体が大きな屋根で覆われていて、線路の構造にも配慮が見られます。屋根を支える柱が何となく小田急線秦野駅のそれと似ているように思いました。かろうじてホームの駅弁売りは残っていましたが、こうしてまた一つ「汽車の駅」が消えていきました。

 本州にもかつてはたくさんありましたが、東京から比較的近く、オリジナルの雰囲気を良く残しているのが新潟駅です。駅前にタクシーやバスが無造作に入り込んでいるというのも、この手の駅に共通しています。眺めていると、結構古いバスがやってきたりするのは、地方都市の楽しみの一つですね。N1

 やはり鉄道管理局とステーションデパート的なものが入ったスタイルで、現在に至るまで比較的原形をとどめています。しかし、ここもすでに高架工事が始まっており、そう遠くないうちに姿を消しそうです。

N2

 正面の改札です。自動改札になり、発車案内もLEDですが、案内放送が自動放送でなく、終日肉声によるものが本屋内に流れるのは、今となっては貴重かもしれません。「間もなく1番線から村上行きが発車いたします。豊栄・新発田・坂町方面 村上行きをご利用の方は1番線の列車にご乗車ください」といったありふれた放送が無機質な機械の声か肉声なのかで駅構内の雰囲気がずいぶん変わるものです。改札の向こうに止まっている列車も国鉄形中心というのもポイント高いですね。

 JRになって20年以上が経過し、車両だけでなく、駅なども着実に変化しています。見落とされがちなジャンルですが、在来線が華やかだった時代の名残として記録しておきたいものです。

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2011年3月 8日 (火)

何となく模型にしたくなるような小さな田舎の駅

 以前に撮影したネガをPCで使用できるようにCD化していますが、今回から画像の再現性がさらに良いDVDにしました。結構「ムラムラと」やる気にさせてくれるようなものもあるので、引き続き順次整理しています。

 今回のものは、1999年に全廃になった新潟交通の駅です。戦時中の交通調整でバス会社にまとめられて、その後も積極的な投資は行われず、最後は朽ち果てたように逝ってしまった路線です。そのせいもあって、最後の最後まで、味わいのある駅の風景が残っていたものです。この電車が気に入っていた管理人は、何度となく訪れていましたが、電車だけでなく、駅の小物に至るまで実に味があるのに気づいていました。写真は1996年5月の撮影で、既に路線は東関屋~月潟と、最末期でしたが。

Ajiekisha

 沿線の主要駅だった白根の隣の味方駅です。自動販売機と近代的な電話ボックスが雰囲気をぶち壊していますが、逆にそれが20世紀の終わり頃になっても、こんな駅が存在していた、と言うことをあらわしていると見ることも出来ます。

Ajikippu

 ワンマン化されて久しく、駅も無人になっていましたが、比較的後まで時間を限って職員が配置されていたのか、きっぷうりばなど、原形をとどめていました。改札と出札を一人で見られるようにするためなのか、この部分が不思議な形で張り出しています。

Ajimachiai

 待合室の小物です。「忘れ物」は、今ではホワイトボードですが、ここでは黒板でした。下の「ニュース板」は、壁新聞のようなものを掲出していたのでしょうか。寄贈者の「小林百貨店」が今の三越のことなのか分かりませんが、右書きなのと、電話番号に局番がないことなどから、相当古いもののようです。

Ajiform

 ホームに入ってみます。小田急から2220形が入った時に、この車両にステップが設置されなかったので、ホームの線路寄りの部分だけがかさ上げされましたが、他は元のままでした。ドラム缶や木製の梯子など、さりげなく置かれた小物たちがなかなかいい味を出しています。

Ajiform1

 何故かホームにあった黒板に書かれた標語です。実に明快ですが、ヘンなカタカナ言葉がないのも良いですね。

Ajiform2

 電車がやってきました。1960年代に車体を新製して載せ換えたものですが、こんな駅に入ってくると異常に近代的に見えてしまいます。でも、実際には吊り掛け駆動、間接非自動制御のものですから、音に関して言えば駅の雰囲気にぴったりマッチしていました。

 モロにエコーモデルのアクセサリーシリーズの世界ですが、イマジネーションの世界の自由形ではなく、実際に管理人が足を踏み入れていた世界です。小さなディスプレイ用のセクションで良いので、いつかはこんなシーンを作ってみたいものです。既に電車は何台かありますので・・・。

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 やはり、模型というのは実物あってのもの。実物観察に時間をかけることで、その奥行きは一層深いものになるかと思います。

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2010年11月23日 (火)

鹿児島

 来年3月に、九州新幹線が全通して、大阪や博多と直結することになる鹿児島ですが、そんな、新幹線開通前夜の鹿児島へ行ってみました。

 JRも、新幹線に絡めて「SL人吉」、「いさぶろう・しんぺい」、「はやとの風」などの観光列車で、九州南部のローカル線の活性化に躍起になっています。

 本場の球磨焼酎を楽しんだ後、観光列車「いさぶろう」で有名な大畑ループを越えて、鹿児島に向かいます。肥薩線の人吉~吉松間はかつて混合列車の前後にD51を連結して山を越えた難所です。矢岳の駅前には、当時ここで活躍した「人吉形重装備」のD51が保存されています。

Yatake

 矢岳第一トンネルを抜けると、霧島連山を一望できる絶景が広がります。この日は向こうに桜島が浮かんでいました。ここからは滅多に見られません。

 吉松からは、特急「はやとの風」が連絡して鹿児島中央に抜けられるのですが、コイルバネの近郊型気動車のキハ47に特急券を出すのもどうかと思ったので、その後の普通列車に乗りました。こっちの方が空いているし・・・。ちなみに、「はやとの風」の自由席って、ロングシート!なのです。

 鹿児島中央駅は、新幹線の部分開通の時に駅が新しくなりましたので、新幹線全通の時に大きな変化はなさそうです。

Chuo

 市電の停留場も駅の方に寄せられて、乗り降りがしやすくなっています。電車の塗装が、昔管理人が大学生の頃、初めて鹿児島へ行った時の色になっているものを多く見かけました。リバイバル塗装かと思ったら、新型の電車までこの色になっていました。この色が再び標準色になるのでしょうか?

 中央駅に着く少し前、竜ヶ水あたりで桜島がすっきり見えていたので、桜島を鑑賞しに行くことにしました。1日に7回も色が変わると言われる鹿児島のシンボル、秋の夕方など、特にきれいかな、ということで。鑑賞するには、桜島フェリーの上が一番です。

 駅前から市電に乗って、桜島桟橋へ行こうと思ったら、電停の接近表示の行き先が「高見馬場」になっています。全部の電車がそうなので、係りの人に聞いてみると、この日は「おはら祭り」で、夕方まで電車通りが交通規制になるので、電車も変則系統で運転しているとか。天文館やいづろといった目抜き通りで、山形の花笠祭りのように踊りが展開するそうです。交通規制で市電が通行止めになるとは・・・。バスなら裏道を迂回すればいいですが、電車はそうも行きません。仕方がないので、高見馬場からタクシーを拾って桟橋を目指しました。

 桜島フェリーは、大隈半島への近道として24時間運航している市営の船舶で、桜島が爆発したときには避難の足になることになっています。所要時間10分、運賃160円、日中は10分間隔で運航されているので、手軽に桜島を眺めることが出来ます。

Sakurajima

 錦江湾にぽっかりと浮かんで、悠然と煙を上げる姿は、まさに鹿児島のシンボルです。秋らしい色に染まって、なかなか良かったのですが、実は、これもリハビリネタの一つです。ゆ~らり、ゆらりと揺れる船の上で、バランスを取りながら写真を撮れるか、ということです。脳卒中では、平衡感覚をやられることが多いのですが、躊躇なく船に乗って撮影しようと言う気になれただけでも、平衡感覚がだいぶ戻って、自信がついたのかな、と思いました。

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2010年11月15日 (月)

琴電旧型車、再び・・・

 琴電のHPで、産業遺産として保存された旧型車の定期運転が紹介されていました。毎月1回行うというので、行って見ました。10月は「電車まつり」のプレイベントとして2日間運転されました。初日は120+500、2日目はこれに300号を連結した3両での運転でした。初日に琴平まで往復してきました。

120

500

 1000形120号は大正15年、5000形500号は昭和3年製の琴電オリジナル車です。映画で話題になった一畑電車のデハニ50と同時期のものなので、車体にも共通する特徴があります。

 わが国の鋼製電車としてはごく初期のものであり、木造車のスタイルから抜け切れていない小さな一段落とし窓、リベットだらけの外板、乗ってみれば、モニタールーフを思い起こさせるアーチ型の天井など、この時代の電車の魅力が凝縮されています。

Ten

 少し前までは、地方の私鉄へ行くと良く見られたHL制御の電車に乗れるのもここだけになりました。

Hl

 ノッチを1つずつ刻んで加速していくので、運転士によって走りっぷりが微妙に変わってきます。

Cp

 吊り掛けモーターやコンプレッサーのコトコトコトという音など、久しぶりに旧型電車を満喫することが出来ました。最後に岡山へ戻るときには、一駅でしたが2日目の300号にも乗ってきました。

300

 前回琴電の旧型車に乗ったのは3年前の5月、静岡ホビーショウに行った後四国へ足を伸ばした時でした。現役引退間近ということで、旧型電車のDVDなどが売られていて、それを買って帰ってきたのですが、その直後に倒れました。もう2度と乗ることもないだろうし、一人で四国へ行くことも出来ないんだろうと思いながら、病院で車椅子に座ってそのDVDを見ていました。それだけに今回再び乗ることが出来たことについては、やはり特別な感慨があります。

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