2014年3月26日 (水)

PFの使い方

  EF65-1000、いわゆるPF、現在でも残っていますから、若い人にもおなじみの国鉄型ELですね。今ではコンテナ貨物ばかりですが、少し前まではブルートレインも牽引していました。若い方ですと、大体そんなイメージをお持ちだと思いますが、手元に登場後数年、当時の最新鋭機だった時代の写真があります。1975年春の撮影です。

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  山手貨物線、巣鴨をゆくPF.。車体側面には、「75春闘勝利」のスローガンが書かれています。当時は結構ありましたね。ビラを一面に貼ったものとか。国電などでもよく見かけました。PFの走っている線路、現在は湘南新宿ラインが走っていますが、当時はまだ木のマクラギでした。今はマンションになっているところ、当時は貨物駅でした。

Pf2_2

  コンテナやブルトレのイメージが強いPFですが、このような一般的な貨物列車も良く引いていました。後ろの山手線、登場間もないATC準備の高運転台103系です。

Pf3

これは単機回送シーン。

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  こちらも一般的な貨物です。Nゲージで最近出たシート掛けの無蓋車がたくさんつながっています。機関車の次はワラ1かな?後ろを行く山手線は、Nゲージでは最近出たTOMIXの103系原型非冷房のものです。

  PFは、16番ではカツミからキットが出ていて、結構若い人にも買っていただいているのですが、苦労して完成させたのであれば様々な列車を引かせたいものですね。こんなものも引いていたという「証拠写真」としてご覧いただければと思います。もちろん、最近特に貨車が充実してきたNゲージでも同様ですね。

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製作意欲が湧いてくるかもしれない古い写真を何枚か・・・

 最近はNゲージでも、昭和の後半の国鉄型がいろいろ出て来ますね。今の大学生くらいの年代では当然知らない世界なわけですが、何故かこの時代のものは、若い方も結構買って行かれます。そんな時代、今と違ってデジカメなど想像できなかったわけで、カラーフィルムも現像代も高く、無駄撮りなど出来ませんでした。そんな時代の無駄撮りというか、失敗作があります。確かに画像の出来としては失敗作ですが、写っているものを見ると・・・。

Yamagata2

 昭和50年代前半の山形駅構内です。奥羽南線電化からまだ日も浅く、ED75-700もまだ新品に近い状態です。今や奥羽南線電化の時に作られた同形機が鉄道博物館に展示されているわけですから、時の流れを感じます。

 構内で、ED75がDE10の入換をやっているシーンですが、駅構内にはたくさんの貨車や客車が散らかっています。山形駅は大して大きな駅ではありませんが、国鉄の主要駅は、大体どこもこんな感じでした。現在の、客車も貨車も転がっていない、がらーんとした駅は 寂しく感じます。

Yamagata3

 構内を見回すと、片隅には戦災復旧車と思われる怪しげな救援車が転がっていたりしました。この時代の奥羽本線山形地区、普通列車は、山形近郊(赤湯~山形~楯岡)の区間列車が気動車の他は、全て旧型客車で、東北本線より一格落ちる鋼体化改造車のオハ61系が中心でした。

58800

 気動車は、今の山形新幹線の車庫のあたりにまとめられていましたが、黄色い修学旅行用のキハ58-800もいました。北山形から分岐する左沢線は、山形市への通勤通学路線ということで、朝夕はありとあらゆる形式が混ざった長大編成の列車が運転されていました。もちろん、それにこの修学旅行のキハ58が混入していることもありました。

Akayu

 北赤湯(信)~赤湯間で行き違う下り貨物列車です。EF71の単機ですから多分、米沢~山形とかの区間列車的なものなのでしょう。機関車の次位にも車掌車が付いているのは割とよく見かけました。

Itaya

 スイッチバックの板谷駅です。近くにジークライト工業という会社があって、貨物の取り扱いもありました。最近、カトーのNゲージで出た、積荷シートを被せたトラが止まっています。

 このネガの写真、以前割とまあまあなものだけ載せたのですが、ここへ来て失敗作に写っているものが結構製品になって来たので、追加で載せてみました。 ウエザリングなどの参考になれば、と思います。

 

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2012年4月 4日 (水)

大雪の大雄山線

 少しずつ古いネガをCD化して、PCで使えるようにしています。今回CD化したのは、1984年2月に撮影した大雄山線です。この時は、足柄平野にも珍しく本格的な積雪がありました。あれ以来、小田原でこんな積雪になったことはないのでは、と思います。

65

 モハ65-サハ83-モハ64の編成です。中間のサハは、国鉄最初の鋼製電車モハ30のなれの果てで、クハニ19を経てこの姿になりました。割合きれいに改造されていますが、運転台撤去側のシル・ヘッダーや側板にリベットがないので、中間車改造されたものだということが分かりました。両端のモハは、クハを電装したものなので、パンタが連結寄りになっています。MGが83に、CPが64と83に各1となっていて、一応固定編成と言うことになっています。

163

 モハ163-モハ164-クハ185です。相鉄2000系の車体のみを購入して、手持ちの旧型国電の足回り部品を組み合わせたものです。3編成存在しましたが、編成によって細部が微妙に異なっていました。MGとCP(AK3×2)は、185に搭載されていました。これは奄美屋が16番のキットを出していましたね。

153

 モハ153-サハ182-モハ156です。Nゲージ、グリーンマックスのクモハ11400の板キットに付録で前面が入っていますが、それのプロトタイプです。サハはクハからの改造で車端の窓幅が前後で異なっていました。MGは156に、CP(AK3×2)は182に搭載されていました。両端パンタ、全車揃った形態で、この当時最も整った編成でした。

 撮影場所は、飯田岡~相模沼田間ですが、ここは当時、広々とした田んぼで、撮影するにはおあつらえの場所でした。木製の架線柱といい、ローカル私鉄の臭いプンプンです。いつの間にか、この田んぼは全部埋め立てられて住宅地となり、今はその面影すらありません。電車もこの後5000系の投入が始まって、面目を一新しました。

 ここはどこ?と言う感じの写真ですが、地球温暖化のこともあって、足柄平野にこんなに雪が積もることもなくなってしまったようです。

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