いよいよ梅雨入り、夏がそこまで近づいています。今は鉄道旅行が何故かブームのようで、そうしたテーマの本がたくさん出ていますね。夏休みに涼しい北海道を列車で旅行しようという方も多いかと思います。
さて、北海道への列車というと、かつて「ワイド周遊券」などで旅行された方なら、青森まで急行「八甲田」「十和田」「津軽」の自由席で、というパターンが多かったでしょうし、特急であれば何本も運転されていた「ゆうづる」あたりということになって、客車の列車が必ずといって良いほど顔を出していました。へそ曲がりの管理人はまだ「青春18きっぷ」などが発売されていない時代だったにもかかわらず普通列車で行っていましたから、東北地方に入ればこれまた殆どが旧型客車による列車ばかりでした。
東北地区では分割民営化の後も12系や50系による客車の普通列車が運転されていましたし、何より青函トンネル開通で登場した快速列車が客車だったというのはちょっとびっくりしました。
そんな北への客車列車ですが、効率化の深度化に伴う夜行列車の削減、普通列車の電車化などによって、近年その様相は大きく変化しています。最盛期には3往復あった「北斗星」も現在では1往復ですし、「カシオペア」は不定期、「日本海」の函館乗り入れもいつの間にか消滅しています。その他、北海道の方から本州に入り込んでいるというイメージの急行「はまなす」、日本海縦貫線経由の不定期列車「トワイライトエクスプレス」、もうこれだけになってしまいました。
さて、そんな中でマニアックな観点からチョイスするとすれば「北斗星」「はまなす」あたりになるでしょうか。改造車が多いものの、割合国鉄の匂いを残しています。青函トンネルが開通したのは分割民営化の翌年でしたから、国鉄の財政事情もあって、用意された車両は機関車も客車も中古車両を改造したものばかりでした。およそ「世紀の大事業」の完成には似合わないものでしたが、それが結果として国鉄型車両を延命させることになったのかもしれません。
復活3回目の遠出は、その「北斗星」です。

北への旅は上野駅から始まります。でも東北新幹線が東京駅まで伸びてからは、北への玄関口の印象は薄くなりつつあります。今では宇都宮・高崎線への通勤客の乗換駅という感じが強まっていますが、それさえも「東北縦貫線」が開通して東海道線と直通運転が始まれば様相は一変し、始発駅としての貫禄は失せてしまうのでしょう。
地平ホームの突き当たりにある中央改札は、これから始まる長距離列車の旅への期待を盛り上げます。
今は自動改札になり、発車案内もLEDになっていますが、かつてはここに改札ラッチがずらりと並び、頭上に渡したケーブルに木の板にペンキで書いた発車案内板がずらりとぶら下げられていました。改札の向こうには「ひばり」「やまびこ」「はつかり」といった特急列車が並び、華やかな雰囲気をかもし出していました。夜になれば各方面への夜行の客車列車が次々に発車し、それらの列車に連結された荷物車に乗せる荷物を積んだ台車をたくさんつないでターレットが乗客を掻き分けながら走っていました。そんな東北線全盛期の面影はすっかりなくなりましたが、頭上の壁画だけは今も変わりません。
客車列車は尾久車両センター(昔の尾久客車区)から推進運転で回送されてきます。今は13番線が専用になっていますが、かつては夜になるとEF57やEF58、EF80などがずらりと並んだものです。東北方面へ直通する普通列車も同じように尾久から推進で入線していて、同じ普通列車でも115系などとは格が違う感じがしていました。
機関車はおなじみEF81ですが、30年以上経過して最近は故障も多いようで、近々EF510に置き換えになるようです。今ではすっかり「顔」になっていますが、管理人はどうもこの機関車は日本海縦貫線のものというイメージが強くて、いまだにしっくり来ません。
改造車オンパレードの編成のうち、列車登場後追加されたものです。SA1が車両の中央にあるグループです。
最近はサボを殆ど見なくなりましたが、さらにフルカラーのLED表示の登場もあって、こうした幕式のものでさえレトロっぽい感じになってきました。「札幌行き」の表示が誇らしげです。
ドア上の等級表示が国鉄の香りを漂わせています。よく見るとクーラーが取り替えられていますね。
SA1の室内です。別に普通列車でも構わないのですが、ご存知の通り、東北地区は今や殆どがロングシートの701系、最近ようやくセミクロスの731系が入り始めましたが、岩手から青森にかけての長大な区間は701系オンリーです。ゆったりと足を伸ばしたいのなら、その分料金を出せということなのでしょう。今回は3年ぶりの東北線なので、最近の変化をじっくり観察したいということもあってこれにしました。
北海道新幹線がらみで「北斗星」は青森駅には入らず、青森信号場でEF81からED79に付け替えます。青函トンネルを抜けてきた貨物列車は、ここで東北線ならED75、日本海縦貫線ならEF81に付け替えていましたが、今は何ともがらんとした雰囲気。
EF81やEF510が少しいるくらいで、ED75の姿はもはやここにはありませんでした。北海道から首都圏まで直通できるEH500が大量に投入されて、ED75は春のダイヤ改正の時点で僅か20両くらいにまで減っています。途中目にすることが出来たのは東仙台付近にあるJR貨物の仙台総合鉄道部だけでした。生きているのは更新色ばかりでしたが、これとて次のダイヤ改正まで残るかどうか微妙なところです。夜中ということで写真は撮れませんでしたが、かつて北への旅でとてもお世話になったED75最後の姿を見ることが出来ました。
青森信号場からの牽引機ED79も当時の財政状況から、比較的経年の若いED75-700をタネに改造されたものですが、今や旅客列車でED75の一派に接することが出来る唯一の存在になりました。
蟹田駅で乗務員が交代し、新中小国信号場から海峡線に入ります。先頭に立つED79はすっかり色あせて、ED75一族の行く末を示しているかのようでした。
函館に入る手前の五稜郭にED79が何台か止まっていましたが、貨物の方は車齢の若い50番台とEH500が主力であり、旅客も日中の青函トンネル通過列車が全部電車特急になって、殆ど出番がなくなりました。
これは貨物の重連補機として改造された100番台。経費節減のため、片側の運転台だけを改造したものですが、EH500の大量投入でお役御免になり、機関区の片隅で静かに最期の時を待っていました。道内用のDLもレッドベアばかりです。
函館からはDD51重連ですが、今やこの区間を走る「はまなす」や「カシオペア」「トワイライトエクスプレス」、そしてこの「北斗星」しかDD51の旅客列車はありません。非電化幹線のエースとして全国に投入されたDD51もまた風前の灯です。
八雲の手前、落部駅で「スーパー北斗」に追い越されます。電化区間の少ない道内の幹線もこうした新世代気動車で面目を一新しています。
上野から16時間あまりを経て札幌に到着します。大都会の中心駅ながら客車や気動車など様々な列車が出入りするという特徴があったのですが、今は3ドアの通勤電車が主流になっています。大都会の真ん中にDD51が現れるというシーンも遠からず過去のものになるのでしょう。
旅行パンフレットにある「豪華寝台特急の旅」というよりは、マニアックな「豪華国鉄型車両三昧の旅」という趣の「北斗星」です。「カシオペア」はどう見てもサロE217を寝台にしたようなものですから、客車らしい乗り心地は期待できません。「北斗星」に連結されているスシ24も電車の改造なので、乗り心地が他の車両と明らかに違います。どう見ても昔の「ひばり」の食堂車の乗り心地です。
北海道新幹線の完成が近づきつつある現在、そんな国鉄の面影を求める列車の旅というのも面白いかと思います。
模型の方も今年は「北斗星」の再生産が相次ぎます。そろそろ終わりが見えてきたかな、という感じがします。
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