2009年11月13日 (金)

いつの間にか種類が増えた低床電車

 最近はNゲージ模型でも低床路面電車が発売されて、路面軌道システムなども出てくるようになりました。その低床電車の草分け的な存在は、広島のグリーンムーバーと、この熊本市電9700形でしょうか。模型になった富山のライトレールも似たようなスタイルですね。

9701

 広島のグリーンムーバーには、モデルチェンジしたMAXが出来ましたが、ここ熊本にも新型の0800形が登場していました。

0800

 模型的には、台車も見えないし、車体を作り変えるだけで、簡単に種類を増やせそうなネタです。

 低床電車にはもう一つ、この手のタイプがあります。こちらは仲間として長崎や松山の低床電車がありますが、これも動力ユニットが出来れば割合簡単に種類を増やせそうな感じです。

Kagoshima

 鹿児島市が積極的に導入している芝生の軌道、見た目がすごくきれいですね。模型でも路面軌道システムに取り入れられればと思いました。

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2009年9月19日 (土)

今週の入荷品から

 暑さ寒さも彼岸まで、ということで大分涼しくなっていよいよ工作シーズン到来です。今週は品切れになっていた客車の補充を行いました。プラでは作りにくい毛色の変わった車種が良く出るのかと思うと、意外にもプレーンなスハ43やオハ35などが良く出ます。

F1_2

 やはり列車全体の質感を揃えようと言うことなのでしょうか。安価なプラ完成品のある形式も良く出ます。このあたりを補充しました。

 次に、商品サンプルを展示してありました天賞堂の青函連絡船、在庫分が届いています。取りあえず現在、青森と函館で保存されている八甲田丸と摩周丸を在庫としておきますが、その他のもののご希望がありましたらお知らせください。

Seikan

Seikan2

 取りあえず摩周丸が入荷済みです。旧型客車の鈍行や夜行急行でひたすら東北本線を下って、青森駅に入る時、右手に連絡船の姿を見ると、いよいよ北海道へ渡るんだ、と言う期待が膨らんだものです。船か飛行機に乗らないと行くことの出来ない北の大地は、旅人の心を掴んで話さないものがありました。お乗りになった方であれば、ちょっと気になる一品だと思います。

 各船とも9975円です。

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2009年7月 2日 (木)

都電8500形ラッピング広告車登場

 これまでラッピング広告を施されていなかった8500形ですが、今回、8503号が警視庁のラッピングになりました。内容は、のらくろを起用したお年より向けに交通安全を訴えるものです。

85031

 ラッピングの貼り方は概ね他形式と同様です。入口上のナンバーなども同様です。

85032 

 側面の切り抜き文字と局章の部分はこんな処理になっていて、つぶされていません。

 7500形の廃車と8800形の投入で、8500形も恒常的にラッピング車が走るようになるのでしょうか。

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2009年6月23日 (火)

網走にて

 関東地方では排気ガスの規制が厳しくなって、古いバスを目にする機会は殆どありませんが、地方に行くと「えっ!こんなのまだあるの!」というくらい古いものに出会うことがあります。網走で見かけたそんな古い車を2つご紹介しておきます。

Br1

 一つ目はこれ。網走交通バスの日野ブルーリボンですが、スケルトンボディーとしては最初期の頃のものです。両開きのドアが変わっています。

Brdoor2

Brdoor

いろいろな角度から・・・。

Br11

Br2

Br12

Brmae_2

Brushiro

 文字は剥がしてありますが、いわゆる「バスセンター」カラーです。以前はブルーリボンカラー(ロゴ入り)のモノコック車が使われていたかと思います。いつでも古い車が使われているので、バスファンならば、網走に行ったら絶対に見逃せないスポット?です。

Br3

 製造銘板を見ると昭和60年とありました。ドライバーさんも笑っていましたが、後釜となりそうなもう少し新しい車も見かけましたので、先行きそれほど長くはなさそうです。

 もう一つ、こちらも最近あまり見なくなってきたエアロスターK、つまり絶版になって久しい呉羽車体のものですが、ライト周りの雰囲気が通常の呉羽と違っています。

Aerok

 側面のスタイルや長さから見て、都営バスの「グリーンシャトル」の匂いがぷんぷんでした。正面の社名が書いてある部分など、いかにも不自然ですね・・・。

 呉羽に関して言えば、現在、東京から割合近いところでまとまって見られるのは新潟交通でしょうか。新潟駅前にも頻繁に出入りしているのを目にしました。

 ともあれ、面白いものを発見したらつぶさに観察するなり撮影するなりといった動作が割合サクサク出来るようになって、すこしずつ以前のペースに戻りつつあります。

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2009年6月15日 (月)

根室本線の旅

 北海道と言うと、やはりあの広大な道東の風景に惹かれます。復活後2度目の北海道もやはり道東を目指しました。去年と比べるとだいぶ気分的にも余裕が出てきましたので、途中での列車や施設などの観察が出来るようになってきました。

 管理人が初めて根室本線に乗ったのは、今から30年近く前、小樽から釧路行きの夜行列車「からまつ」ででした。スハ43系の北海道バージョン、スハ45・スハフ44の座席車が4両、寝台車2両、それに郵便車と荷物車が各1両と言う編成でした。普通列車に寝台車が付いていると言うのも今では考えられませんが、この列車は当時上野から普通列車の乗り継ぎで接続していたのです。電化区間の函館本線滝川まではED76-500、以後はDD51の牽引でした。まだ石勝線が開通しておらず、釧路方面への列車は、優等列車も含めて全部滝川経由だった時代です。石勝線開通後は根室線の滝川~新得間はすっかりローカル線になってしまいました。

 その根室本線には、現在日本で一番長い距離を走る普通列車があります。滝川9:37発釧路行きの2429Dがそれです。「からまつ」や函館~旭川間の普通列車に比べれば短いなあ、と言う感じですが、昨今の鉄道旅行ブームのせいか、そうしたガイド本を持った人たちが乗っていました。

Takikawa

 日本一長い距離を走る割にはキハ40の単行で、およそ本線の列車には見えませんが、現在の北海道ではこれが標準的な姿です。良く見るとワンマン対応の700番台が、いつしか1700番台になっています。エンジンを取替えたようで、キハ40はまだまだ使うぞ、と言うことのようでした。車内も扇風機からバス用のラインクロスファンに交換されています。走り出して見ると、それほど以前より速くなったという感じはありませんでした。

 富良野駅では先行の富良野行きで運転してきた車両を連結して、ここからは2両での運転です。

Furano

 真昼間の乗客の少ない時間だけに、2両にする意味もないように思えますが、どうやらこの列車は、所属の釧路へ入庫させるためのものと言う意味合いもあるようです。後ろに付いた車両もまた1700番台でした。去年と比べると着実に増えているようです。

Yuubari

 富良野を出ると夕張山地の裏側を眺めながら、列車は狩勝峠を目指して登っていきます。山にはまだ雪が残って北海道の遅い春を感じさせてくれます。

Kanayama

 空知川をせき止めて出来た金山湖に近い金山駅です。無人駅ながら、駅舎がしっかり残っているのは、冬場の保線作業などの拠点として使うからなのでしょう。

 駅を出てしばらくすると金山湖を渡ります。

Kanayamako

 やがて、列車は「ぽっぽ屋」で有名になった幾寅駅を通って落合に着きます。幾寅駅はセットが残っており、ロケに使用された「キハ12」の前頭部も置いてあったりするのですが、時間も経ったせいか、駅前には誰もおらず空しい雰囲気でした。

Ochiai

 落合では狩勝峠を越えてきた上り列車と交換しますが、この先の新狩勝信号場で合流する「スーパーおおぞら」を先行させるためすぐには発車しません。またここが空知と十勝の境界という事で、ここ止まりの列車の設定もあります。根室本線を普通列車で旅行する場合には、落合~新得間の時刻をまず決めてから前後の連絡を設定する必要があります。

 落合を出ると新狩勝トンネルを抜けて新得へと下っていきます。この区間は一駅28Kmもありますが、車窓にはいよいよ十勝の大平原が広がります。

Karikachi

 右へ左へと大きなカーブを描きながら山を下っていきます。やがて街が見えてくると新得に到着です。

 列車は十勝の大平原を横断して、帯広に向かいます。根室本線には石勝線経由で貨物列車も運転されていますが、いつの間にかここも機関車はDF200が主役になっていました。

Df200

 この機関車、何となく外国の機関車っぽいデザインで、十勝の大平原には良く似合うように思います。かつての主役DD51は、DF200と同じ色になった更新車が僅かに目に止まった程度でした。

Dd51

 機関車の世界も着実にに変化しています。

 帯広駅ではしばらく停車するので、弁当を買ってきました。これは去年もやったのですが、駅弁を食べるには両手が使えないといけません。普通列車ですから、テーブルもありません。駅弁も今はホームでは売ってなく、高架ホームから地上の改札口へ降りて外へ出なければなりません。

Butadon

 時間内に買ってきて、列車で食べる、というのは結構いいリハビリ訓練になります。馬の目の前にニンジンをぶらさげるようなものでしょうか。去年よりは一連の動作がかなりスムーズになっていることを実感しました。やはり帯広は「豚丼」ですね。

 帯広を出た列車は、引き続き十勝の大平原を走ります。

Tokachi

 誰も乗っていない列車で、こんな風景を眺めていると、心が解放されたような気分になってきます。入院して車椅子に座らされた時には、もう二度と目にすることはないだろうと思った世界です。そして、普通列車ですから、窓を開けて「十勝」を身体全体で実感するのです。

Ikeda

 ところどころ牛がのんびりと草を食んでいたりします。何の変哲もない風景ですが、でも、これぞ北海道、と言う感じです。管理人が気に入っているシーンの一つです。

Makubetsu

 広大な十勝平野を颯爽と走る「スーパーおおぞら」です。列車名の「おおぞら」を実感します。ここ幕別駅は一線スルーで高速化されたので、右側通行での交換になります。

Urahoro

 帯広からの人の流れは、ここ浦幌までで、折り返し列車の設定もあります。この先は釧路管内と言うことで、高校生の流れもまたここで切れるわけです。浦幌を出ると列車は小さな峠を越えて太平洋側へと出ます。原生林に囲まれた常豊信号場で貨物列車と交換します。

Tsunetoyo

 原生林の中を行くDF200というのもなかなか良い感じです。

 列車はやがて太平洋に沿って走りますが、この時期特有の濃い霧に阻まれて白一色の世界になってしまいました。やがて列車は釧路に到着します。到着する頃には霧も晴れて、傾いた西日が列車を照らしました。

Kushiro

 1番のりばに駅の本屋と鉄道管理局の入ったビルがある国鉄時代の典型的な主要駅の趣です。最近では改築も進んで、こうしたスタイルの駅も少なくなってきました。特急列車は必ず1番のりばから発着すると言うのも鉄則ですね。

 こうして8時間1分の日本一の普通列車の旅は終わるのですが、さすがに最初から最後まで乗っている人はいませんでした。滝川で旅行の本を持っていた人はどこへ行ったのでしょうか。

 北海道は列車の本数が少ないので、パターンが固定されてしまいがちですが、定点観測的に細かい変化を観察しながら行くと思わぬ発見もあるものです。例えば・・・。

1775

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 1700番台のナンバー、ハイフンがつくのか、つかないのか?とか、結構面白い発見があったりします。後々の模型ネタに使えるようなものもあるかもしれません。実物あっての模型なのですから、実際に見た印象と言うのは模型を楽しむ上でも重要なファクターだと思います。新製品が出たから買う、だけというほど底の浅いものではないのです。実際に見て印象的だったら、古い製品を使う、というのもあるわけですし。

 そして、何よりそうした観察が出来るようになっていた、というのが今回の収穫でもあります。

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2009年6月11日 (木)

北の大地へ客車列車の旅

 いよいよ梅雨入り、夏がそこまで近づいています。今は鉄道旅行が何故かブームのようで、そうしたテーマの本がたくさん出ていますね。夏休みに涼しい北海道を列車で旅行しようという方も多いかと思います。

 さて、北海道への列車というと、かつて「ワイド周遊券」などで旅行された方なら、青森まで急行「八甲田」「十和田」「津軽」の自由席で、というパターンが多かったでしょうし、特急であれば何本も運転されていた「ゆうづる」あたりということになって、客車の列車が必ずといって良いほど顔を出していました。へそ曲がりの管理人はまだ「青春18きっぷ」などが発売されていない時代だったにもかかわらず普通列車で行っていましたから、東北地方に入ればこれまた殆どが旧型客車による列車ばかりでした。

 東北地区では分割民営化の後も12系や50系による客車の普通列車が運転されていましたし、何より青函トンネル開通で登場した快速列車が客車だったというのはちょっとびっくりしました。

 そんな北への客車列車ですが、効率化の深度化に伴う夜行列車の削減、普通列車の電車化などによって、近年その様相は大きく変化しています。最盛期には3往復あった「北斗星」も現在では1往復ですし、「カシオペア」は不定期、「日本海」の函館乗り入れもいつの間にか消滅しています。その他、北海道の方から本州に入り込んでいるというイメージの急行「はまなす」、日本海縦貫線経由の不定期列車「トワイライトエクスプレス」、もうこれだけになってしまいました。

 さて、そんな中でマニアックな観点からチョイスするとすれば「北斗星」「はまなす」あたりになるでしょうか。改造車が多いものの、割合国鉄の匂いを残しています。青函トンネルが開通したのは分割民営化の翌年でしたから、国鉄の財政事情もあって、用意された車両は機関車も客車も中古車両を改造したものばかりでした。およそ「世紀の大事業」の完成には似合わないものでしたが、それが結果として国鉄型車両を延命させることになったのかもしれません。

 復活3回目の遠出は、その「北斗星」です。

U1

 北への旅は上野駅から始まります。でも東北新幹線が東京駅まで伸びてからは、北への玄関口の印象は薄くなりつつあります。今では宇都宮・高崎線への通勤客の乗換駅という感じが強まっていますが、それさえも「東北縦貫線」が開通して東海道線と直通運転が始まれば様相は一変し、始発駅としての貫禄は失せてしまうのでしょう。

 地平ホームの突き当たりにある中央改札は、これから始まる長距離列車の旅への期待を盛り上げます。

U2 

 今は自動改札になり、発車案内もLEDになっていますが、かつてはここに改札ラッチがずらりと並び、頭上に渡したケーブルに木の板にペンキで書いた発車案内板がずらりとぶら下げられていました。改札の向こうには「ひばり」「やまびこ」「はつかり」といった特急列車が並び、華やかな雰囲気をかもし出していました。夜になれば各方面への夜行の客車列車が次々に発車し、それらの列車に連結された荷物車に乗せる荷物を積んだ台車をたくさんつないでターレットが乗客を掻き分けながら走っていました。そんな東北線全盛期の面影はすっかりなくなりましたが、頭上の壁画だけは今も変わりません。

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U3

客車列車は尾久車両センター(昔の尾久客車区)から推進運転で回送されてきます。今は13番線が専用になっていますが、かつては夜になるとEF57やEF58、EF80などがずらりと並んだものです。東北方面へ直通する普通列車も同じように尾久から推進で入線していて、同じ普通列車でも115系などとは格が違う感じがしていました。

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 機関車はおなじみEF81ですが、30年以上経過して最近は故障も多いようで、近々EF510に置き換えになるようです。今ではすっかり「顔」になっていますが、管理人はどうもこの機関車は日本海縦貫線のものというイメージが強くて、いまだにしっくり来ません。

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 改造車オンパレードの編成のうち、列車登場後追加されたものです。SA1が車両の中央にあるグループです。

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 最近はサボを殆ど見なくなりましたが、さらにフルカラーのLED表示の登場もあって、こうした幕式のものでさえレトロっぽい感じになってきました。「札幌行き」の表示が誇らしげです。

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 ドア上の等級表示が国鉄の香りを漂わせています。よく見るとクーラーが取り替えられていますね。

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 SA1の室内です。別に普通列車でも構わないのですが、ご存知の通り、東北地区は今や殆どがロングシートの701系、最近ようやくセミクロスの731系が入り始めましたが、岩手から青森にかけての長大な区間は701系オンリーです。ゆったりと足を伸ばしたいのなら、その分料金を出せということなのでしょう。今回は3年ぶりの東北線なので、最近の変化をじっくり観察したいということもあってこれにしました。

Ao1

 北海道新幹線がらみで「北斗星」は青森駅には入らず、青森信号場でEF81からED79に付け替えます。青函トンネルを抜けてきた貨物列車は、ここで東北線ならED75、日本海縦貫線ならEF81に付け替えていましたが、今は何ともがらんとした雰囲気。

Ao2

 EF81やEF510が少しいるくらいで、ED75の姿はもはやここにはありませんでした。北海道から首都圏まで直通できるEH500が大量に投入されて、ED75は春のダイヤ改正の時点で僅か20両くらいにまで減っています。途中目にすることが出来たのは東仙台付近にあるJR貨物の仙台総合鉄道部だけでした。生きているのは更新色ばかりでしたが、これとて次のダイヤ改正まで残るかどうか微妙なところです。夜中ということで写真は撮れませんでしたが、かつて北への旅でとてもお世話になったED75最後の姿を見ることが出来ました。

 青森信号場からの牽引機ED79も当時の財政状況から、比較的経年の若いED75-700をタネに改造されたものですが、今や旅客列車でED75の一派に接することが出来る唯一の存在になりました。

Kanita

Kaikyo

 蟹田駅で乗務員が交代し、新中小国信号場から海峡線に入ります。先頭に立つED79はすっかり色あせて、ED75一族の行く末を示しているかのようでした。

790

 函館に入る手前の五稜郭にED79が何台か止まっていましたが、貨物の方は車齢の若い50番台とEH500が主力であり、旅客も日中の青函トンネル通過列車が全部電車特急になって、殆ど出番がなくなりました。

79100

 これは貨物の重連補機として改造された100番台。経費節減のため、片側の運転台だけを改造したものですが、EH500の大量投入でお役御免になり、機関区の片隅で静かに最期の時を待っていました。道内用のDLもレッドベアばかりです。

Hakodate

 函館からはDD51重連ですが、今やこの区間を走る「はまなす」や「カシオペア」「トワイライトエクスプレス」、そしてこの「北斗星」しかDD51の旅客列車はありません。非電化幹線のエースとして全国に投入されたDD51もまた風前の灯です。

Otoshibe

 八雲の手前、落部駅で「スーパー北斗」に追い越されます。電化区間の少ない道内の幹線もこうした新世代気動車で面目を一新しています。

Sapporo

 上野から16時間あまりを経て札幌に到着します。大都会の中心駅ながら客車や気動車など様々な列車が出入りするという特徴があったのですが、今は3ドアの通勤電車が主流になっています。大都会の真ん中にDD51が現れるというシーンも遠からず過去のものになるのでしょう。

 旅行パンフレットにある「豪華寝台特急の旅」というよりは、マニアックな「豪華国鉄型車両三昧の旅」という趣の「北斗星」です。「カシオペア」はどう見てもサロE217を寝台にしたようなものですから、客車らしい乗り心地は期待できません。「北斗星」に連結されているスシ24も電車の改造なので、乗り心地が他の車両と明らかに違います。どう見ても昔の「ひばり」の食堂車の乗り心地です。

Sushi24_2

 北海道新幹線の完成が近づきつつある現在、そんな国鉄の面影を求める列車の旅というのも面白いかと思います。

 模型の方も今年は「北斗星」の再生産が相次ぎます。そろそろ終わりが見えてきたかな、という感じがします。

 

 

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2009年3月26日 (木)

貨物時刻表

 今春改正版のJR貨物時刻表が届きました。

Jrf

 この時刻表には、貨物列車の時刻や営業案内の他、貨車やコンテナの紹介、さらには機関車の運用や配置表まで載っています。

 いよいよ国鉄型の機関車も終焉を迎えつつありますが、これを見ていると、その様子がよく分かります。今回は特に、ED75の縮小振りが目立ちます。仙台総合鉄道部のED75は全部で11仕業、重連補機の仕業は僅かに1仕業になりました。

 そして、運用区間も縮小して、ついに黒磯に来なくなってしまいました。東北線から客車の普通列車がなくなって、もう75の列車に乗ることもないんだな、と思ってから早十数年、75の姿を見ること自体、殆どなくなってしまったことに時の流れを感じます。

 ちなみに、改正時点の[仙貨]のED75は、P形が20両、M形は僅か4両になっています。来年の改正では全滅してしまいそうな雰囲気です。

 この時刻表は、下記のサイトで購入できます。1冊2400円です。

http://www.rfa.or.jp/

 興味のある方はお求めになってはいかがでしょうか。

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2009年3月10日 (火)

都電8800形登場

 都電荒川線に新形電車8800形が登場しました。7500形や7000形といった旧型更新車を置き換える目的で登場したもので、今後の主力車両になるものです。

88011_3

 昨年行われたデザインの人気投票で一番人気のあったものが採用されました。今年度は2両ということですが、まずは組立の終わった8801号の試運転が始まっています。

 長崎や鹿児島にあったようなピンク色というのが都電としては目新しい感じです。先行して登場している9000形の車体を現代的にしたもの、という感じで、走行音も9000形と同じです。車内のレイアウトは7000・7500形と同様のもの、窓は最近のアルナの路面電車の標準的な上部引き違いのもの、8500形にあった屋上と床下機器のカバーは省略されているなど、大量投入を見込んでコストを抑えた設計になっているようです。

88014+

 側面は、窓の周囲を黒で塗装して窓を大きく見せていますが、降車扉の戸袋窓が省略されるなど、8500形に比べると窓の面積は小さくなっています。8500形登場時には存在しなかったラッピングの広告電車での使用も考慮しているのでしょうか。

88016 

 側面の白い部分に広告を貼り付けると、大体現在のラッピング電車と同じような感じになりそうです。

 さて、このピンク色、街の中を走っているのを見ると、それほど浮いた感じではないですね。

88017

 今なお大量に残る吊り掛け車を駆逐する後継車が登場したわけです。当面は車体修繕の行われなかった7500形を置き換えていくようです。東京中に都電が走っていた時代の面影をかすかに残す現在の荒川線も、数年後には欧米に見られるような近代的なライト・レールに変貌するのでしょう。交通局のHPによれば、営業開始は4月だそうです。

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2009年2月 2日 (月)

都電9002号車営業開始

 1月31日から営業を開始した9002号車、ここしばらくは平日も時間を固定した運用があります。さっそくどんなものか見てきました。

9002125

 車体の下半分がエンジ色から紺色に変わったのが最大の違いです。

900225

 あと、よく見ると9001号のアンチクライマーにあった「宝くじ号」の標記がありませんね。走るとE231系近郊タイプのような甲高い音がします。昔の直接制御の6000形などでは、床下にあるのは抵抗器、空気だめ、コンプレッサー、ブレーキシリンダーくらいで床下はスカスカでしたが、この電車はVVVF制御ですので、床下は機器でぎっしりです。この後登場の8800形は、この足回りに現代的なデザインの車体を載せたものになるのでしょう。

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2009年1月29日 (木)

都電9002号車登場

 既に交通局のHPにもupされていますが、「レトロ電車9002号」が31日から営業に入ります。

http://www.kotsu.metro.tokyo.jp/newsevent/news/toden/2009/tdn_p_200901281_h.html

 予想通り色違いで、今度はブルーです。都電というより横浜あたりの市電に見えなくも無いですね。既に運行時刻も停留場に掲出されています。

9002

 まあ、厳密な考証をしての復原ではなく、観光向けのものですから、まあこんなものなのでしょう。鹿児島の「カゴシマシティービュー」や仙台の「るーぷる仙台」のようなレトロ調の周遊バスが電車になったようなものですね。

 それよりももっと気になるのはこのあと登場の8800形。デザインの人気投票で長崎電軌に似たデザインになるようですが、今後の主力になるだけにどんなものが出てくるのか・・・。

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