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2020年10月24日 (土)

この後の登山電車

 取りあえずここまでで、管理人が学生時代に小田原で下宿していた頃の登山電車の基本パターンが揃った格好になりました。

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 モハ1・2・3形、各形式台車の違いや窓パターン違いで各2種類ずつの都合6種類です。’80年代前半は最大2両ということで旧型車は全部両運転台、相互に自由に連結して運転することが出来ました。夜間や早朝には単行運転もありました。オカ製全車、低速化が完了しており、IMON製107号と協調するのも確認済みなので、実車同様自由な組み合わせで走らせることができるようになりました。

 まあ25年以上経っているので傷んでいる個所の補修もありますが、取りあえず方向板の作り直しをしたいところです。

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 IMONキットに入っていたシールをベースに作った「湯本行き」ですが、いかにもパソコンで作りましたという色合いで、どうにも許せません。

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 サボ作成用の「原料」を用意してあります。「湯本行き」は地色がもっと濃いですし、♨マークも青ではなく赤なんですね。「強羅行き」「小田原行き」もそんな感じなので、全部作り直すことにします。

 ’80年代前半といえば、登山電車に久しぶりの新造車1000形が登場した頃ですが、時を経ずに四谷三丁目のみどりやから出ていました。

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 当然その時代のメンバーということで存在しています。当時らしく縦型モーター・インサイドギヤ方式ですが、スケールの軸距離22.5のインサイドギヤとドロップ製のTS330台車を作っていたという意欲作でした。

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 これも既に低速化改造は終わっています。10年ほど前にフクシマからカルダン駆動のモハ1・2のキットが出た時にロスト製の台車を入手し、FMギヤは社長にお願いしてTR26用の22.5mmのFMギヤを特別にプレート車輪で作ってもらいました。FMギヤに波打車輪はなかったので、これが精一杯でしたが。これも当初はWB24.5のパワートラックの車軸端を切り落として、台車枠をダミーとして使うなど、車内からモーターを追放するのに結構苦労しています。軸と軸箱の位置が1mmくらいずれるのですが、当時は他に手がありませんでした。

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 2両編成の時代なので、連結面も非貫通です。連結器はエコーの密連ドローバーですが、切り離すこともないのでこれで十分でしょう。

 新型車両なので、形態的にライト類の点灯が出来そうだということで、電球式のライトとNゲージパーツを使用した方向幕点灯装置が組み込んであります。しかし、今ではこれらももっとスマートにできるので、配線の整理も兼ねて取り換えたいところです。40年近く経過しているので車体の補修も併せて行いたいところですね。

 登山電車は、好ましいスタイルの小型電車ということで16番では人気がありますし、地元ネタということで押し入れの肥やしでお持ちの方もいらっしゃいます。特殊な構造なので、なかなかきちんと走るようにするのは大変なのですが。どう料理するかというヒントの意味で、合間を見ながら続けていこうと思います。難攻不落の小田原城という雰囲気はありますが・・・。

 

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