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2012年8月 6日 (月)

ざっと塗りました

 10年近く放置されていた、モハ51編成の中間車サハ81、ざっと塗りました。まだマスキングを剥がした直後で、修正はこれからですが、別に塗った下回りに車体をかぶせてみました。

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 一見西武線ですが、下回りがグレーでなく黒であるところが本家とは異なります。サハ車にCPが取り付けられて固定編成化されているのも西武チックですが、この編成のモハ66は機関車代用で単独で走る必要がありますから、他の3両編成とは少々様子が違っていました。
 大雄山の旧型3両は、基本的にCPはAK3×2/編成、MG×1/編成でしたが、この編成ではサハとモハ66にCP・MGが各1で、3両での営業運転ではCPは2台とも稼働、MGは66のものを停止して81のもののみ稼働というようになっていました。

 西武系ですから、西武線そっくりですが、西武の旧型車が最終期にはレジン制輪子だったのに対し、大雄山は最後まで鋳鉄制輪子を使用していました。現在の5000系も、ですが。ということは、大雄山らしい味付けとして、例の「秘伝のタレ」が出てくることになります。まあ、それはだいぶ後のフィニッシュで、ですが。

 しかし、材料の目途が立つと急に進み始めます。模型というのは何事においても「キッカケ」が大事だとつくづく思います。そもそも大雄山線を製作し始めた理由は何かといえば、管理人は大学生の頃、2時間以上かけて通学していたのですが、父親が「時間の無駄だ」、「勉強する時間がないではないか」と言って、「10万円やるから、これを使って1時間以内に通える場所を探してそこへ下宿せよ」ということになりました。カネだけ渡されて、あとは全部自分でやれ、ということでした。長距離電車通学も、帰り道で呑んだり、いろいろな電車に出会ったりで、それなりに楽しかったのですが、そういうことなら、ということで条件に合う場所で思い切りマニアックなところを探すことになりました。そこで出てきたのが大雄山線でした。学生街でもないし、神奈川県のチベットみたいな場所ですから、アパートの家賃も安いし、何よりあの時代は、走っている電車が全部元17m国電!でした。毎日吊り掛けモーターとAK3の音を聞きながらの通学、電車を降りてねぐらに帰る時には、富士山をバックに青田の中を走ってくる元17m国電の姿を見ることが出来ました。小田急線にはLSE7000形や8000形が登場していた時代でしたが。

 もう四半世紀以上も前のことになりましたが、模型ファンの視点で行けば、何としてもそれを再現してみたくなるものです。ドマイナーなものだけに、既製品などあるわけがないのですが。大人の趣味の鉄道模型には、そんなこだわりがあって良いと思います。当店でもそんなお客様のこだわりを少しでも実現で出来るような材料をご提供できれば、といつも思っています。

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