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2009年6月30日 (火)

箱になりました

 ED76の車体の組立を続けます。今日は箱にするのが作業の中心ですが、この機関車は正面が非貫通なので、プレスで絞った前面を車体にハンダ付けするという、電車の先頭車と似た構造になっているのが、ED75やEF64と大きく異なる点です。交流機独特の裾の段差が正面にもありますが、これは別パーツを裏からハンダ付けして表現します。

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 1.9mmとはまた難しいことを、と思いますが、裾の部品に1.9mmが出る欠き取りがあるのはさすが完成品で売るのを前提にしているカツミならではの配慮ですね。カツミの機関車には何かとそういった配慮があるので、作業が気持ちよく進みます。

 インテリア取り付け台を取り付けたら車体と合体させますが、先ほどの裾部品も接合の際のハンダシロを兼ねていて、しっかり組み上がります。

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 継ぎ目の当て板をハンダ付けしたら、継ぎ目部分にハンダを流し込んで、ヤスリで仕上げます。このあたりの作業は、ED75あたりとはちょっと違った感触です。

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 ここで一度徹底的にヤスリガケをして、継ぎ目などをきれいに消しておきます。

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復活後初めての屋上配管

 モハ103の屋上配管の取り付けを行いました。実は復活後初めての本格的な屋上配管です。ED75では曲げ済みの線を塗装後に接着するだけでしたから、ハンダ付けで付けるのは初めてでした。脳卒中の片麻痺では細いものがつまめなくなりますし、弾力のあるものを正確に押さえたりするのも困難になります。そんなわけで、1両目のモハ103の時とは条件が全く違っているのですが、幸いだいぶ手の動きも戻ってきているので、取りあえず既存のモハ103と一緒に組成しても違和感のない程度の仕上がりを目指しました。

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 左手で細くて弾力のある細い線を保持して右手でハンダゴテを操ると言う作業になります。仕上げがこれからですが、思いの外スムーズに進行しました。

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 後は余分なハンダを落とし、取り回しをカッコヨク整えます。細い線の扱いが苦にならなくなってきています。これもまた作業リハビリとしての工作の成果かもしれません。出来栄え的にはイマイチの感もありますが、調整すれば不自然ではない程度にまとめられそうです。 

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突如スタート!ED76

 手のリハビリテーションということで、店頭でサンプルとして使用するもの以外にもさまざまなものに挑戦して行こうと思っていますが、この度カツミのED76を造ることになりました。手の動きというのは非常に複雑で、これを復活させるにはたゆみないリハビリ訓練が欠かせませんが、模型工作は細かい作業の連続ですから、非常に効果があるようです。細かい動きもだいぶ戻ってきました。今は70点弱くらいだと思いますが、5年経過した時には自己採点で90点くらいにはなりたいものです。

 さて、ED76は、1965年に登場した九州地区の標準型交流電機で94両が製造されました。また、20系客車やコキ10000の100km/h対応用として、1000番台が23両、他に事実上全くの別物である北海道向けの500番台も22両存在しました。

 カツミのキットはこれらのうち、0番台の最終グループ、55~94号機がモデルになっています。下枠交差パンタ。外バメテールライト、ブロック式ナンバーなどの特徴があります。キットの構成は最近のカツミのELの標準的なもので、動力もMPギアを使用したものになります。従って、組立上の注意点もこれまでご紹介してきたED75やEF64と基本的に同じということになりますが、部品点数の多い機関車では、それぞれの形式ごとの形状の違いから来るクセのようなものも多いので、現在品切れになってはいますがこれから作ろうという方や現在製作中の方のご参考になるよう、製作の様子などご紹介したいと思います。

 このキットは十分なディテールがあるので、基本的には素組で行きますが、いつものように機関士を乗せたり、と言ったお遊びは取り入れるかもしれません。

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 車体本体です。機関車の場合、この段階では開口部が多いので、曲げたり歪ませたりしないように気をつけます。

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 作業手順に沿ってまずはエアフィルターの裏板をハンダ付けしますが、実はカツミの機関車を美しく仕上げる上でここがかなり重要です。裏板が車体にぴったり付いていないと各々のフィルターの深さがでこぼこになって見苦しくなってしまいます。これはどの形式にもいえることですから、気合を入れて作業します。

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 裏板が付いたらフィルターをテープで仮止めして裏の丸穴からハンダ付けします。フィルターはエッチング製なのでハンダを拾い易いのですが、もしルーバーにハンダが広がった時はキサゲ刷毛で磨けばきれいに落ちます。

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 フィルターが付いたところです。機関車は工数も多いので、雑にならないように1日に説明書1項目にしておきます。でも、もうこれだけで部品16ケ付けたことになります。

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2009年6月29日 (月)

引き続きモハ103の車体

 ホビーモデルに続いて、今度はKSモデルから地下鉄乗り入れ用の1000番台の床下が発売されることになりました、この夏休みは押入れにたまっている103系を一気に作るチャンスかもしれませんね。そんな夏休みの前に、そうした最近の部品の使用例を作っておこうというわけですが、前にも申し上げたとおり、103系の場合、電動車と付随車では車輪の直径が異なりますから、サンプルとしては編成にした時に高さを揃える方法の実際も見ていただけないと意味がありません。編成になっていなければなりません。

 そんなわけで、入院前から製作していたモリヤの103系の位置づけも変わってきましたから、取りあえず残っている2両の完成を急ぎます。しばらくは雨降りのようですから、梅雨があけたら一気に塗装できるよう車体の組立を進めておきます。

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 パンタ周りの配管の足とベンチレーターを取り付けました。ベンチレーターはKSのものもそうですが、2ピース構成です。昔は、一体の挽き物でしたが、2ピースにすると空気の通る隙間がくっきり出てメリハリがつきます。カツミのキットはいまだに一体ですが、KSから2ピースのものが出ていますので、交換してやると見栄えが向上すると思います。パンタ周りの配管も昔は全部省略されていましたが、地上用、地下用でそれぞれ特徴が出る部分ですから、現代レベルで考えると省略するわけには行きませんね。

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 シンプルな形状だけに入門向きの電車と思われがちですが、まともに向き合ってみると奥の深いものがあります。

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2009年6月28日 (日)

スハ32を加工してみました

 TOMIXのスハ32が入荷しましたのでさっそくいじって見ました。製品を見て気になったのは、全形式とも妻板のヒケが目立つ点でした。

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 良く出来ているだけにいかにも惜しいですね。

 めげずに加工してみました。いつものように屋根と床下のウエザリングです。

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 ベンチレーターを全部取り外して、ガンダムスプレーのファントムグレーを吹き付け、

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 ベンチレーターを戻します。その後、エアブラシで薄く溶いたレッドブラウンを吹きます。最後につや消しクリアーを吹いて仕上げます。下回りもレッドブラウンとつや消しでフィニッシュしておきます。

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 右側が加工したものです。列車に組み込むと落ち着いた感じになります。

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2009年6月26日 (金)

スハ32の話

 TOMIXからNゲージのスハ32が発売されました。一昨日問屋さんに入荷したので、早ければ今日だったのですが、皆様お待ちかねの「トレーラーコレクション」が今日問屋さんでしたので、一緒に送ってもらうことにして、スハ32に関しては1日遅れます。

 しかし、もう30年も前のネタなのに、どうして発売当日に殺気立って押し寄せるのでしょうね?そして、発売当日に入手したものを製品状態のまま、そしてスハ32ばっかり連結して走らせるのでしょう。

 当店には明日、ある程度各形式が入荷しますが、その後、「リアルな旧型客車列車」のテーマに沿ってウエザリングサンプルを作ろうと思います。ついでに列車編成の話などもしようと思いますが、今の学生さんであればまったく分からない旧型客車の世界がそこにあります。

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 これは管理人がフジモデルのキットの販促用に製作した16番モデルですが、よくよく見ると台車がTR40(TR47)になっていて、スハ32ではなく、スハ33になっています。福島に固まっていましたね。10系の軽量客車や43系など、様々な車種が混在していた普通列車です。

 このようなモデルも、実際に乗って旅行していた学生時代から欲しいな、と思ってはいましたが、地味な存在だけに製品も、キットでさえあまりなく、模型化出来たのはあれからもう30年近くが経っていました。鉄道模型のスパンの長さを感じます。それだけに、発売当日に完売した、とか、どこに行けば「残って」いるとかいう話を聞くと情けなくなってきます。模型と言うのは人々の心を豊かにするツールのはずなのですが、いつしかそういう部分が失せてしまったように思います。

 品物が届いたら、そんな客車列車の旅の匂いを感じるようなサンプルを作ろうとと思います。

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2009年6月25日 (木)

比べて見ると・・・

 キットやパーツというものは、買ったあとしばらくはそのまま保管されていて、忘れた頃に工作を始めると言うことも多いですね。モリヤの103系も、「買ってはあるけれど、完成はしていない」と言う方も結構いらっしゃるようです。新登場のホビーモデルの床下を使用したサンプルが出来上がりつつあるので、モリヤスタジオのものがどういうものであるかご紹介しておきます。昨日のモハ103と比較してみてください。

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 1-3位側です。抵抗器の吸い込み口、幅に関しては非冷房車でも3ケタ番号になる頃の増備車では幅が広くなっているのですが、問題はこのメッシュの形状表現ですね。

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 2-4位側です。断流器についてはどちらも初期型の特徴である3列くっついたタイプになっています。

 床下機器などは買ってあっても、中身さえも見ていないということは多いかと思いますので、参考にしてみてください。

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2009年6月24日 (水)

モハ103 ホビーモデルの床下機器取り付けとMP化改造

  前回はホビーモデルの床下機器をエンドウのMPギア対応の取り付け板に付けるところまでやりましたので、今日はいよいよこれを床板に取り付けてみました。前にも書きましたが、モリヤの103系は動力装置が今はなきパワートラック「GT-1」だったり、DT33の車輪をわざわざφ10.5のものに変える(スケールではφ11.5)など、いささか問題が多いのですが、これをカツミの103系同様MPギアにしてしまおうというわけです。103系は3000両以上が量産されて、様々なバリエーションのものが混結されていましたから、動力装置を統一してしまえば模型でもこうした編成が作り易くなるというメリットも出てきます。何より常時入手できる部品であり、走行性能や耐久性も十分なので、走行やメンテナンスの面でもMPギアにしておいた方が無難だと思います。

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 床板は、車体を組み始めた時にモーター穴をくり抜き、センターピン穴もMP対応に改造してありましたから、ここではまずモーターホルダー用の取り付け穴を開けます。

Mtoritsuke

 床下がぎちぎちにならないよう、細身のLN14を使用しているのは入院前に製作した2両のモハと同じです。

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 次に床下機器の取り付けを検討します。メンテナンスを考えると、ビスで取り外しが出来るようにしたいところです。しかし、このキットの場合、床板の止めネジが通常のものと違って内側に寄った4箇所で、どうみても床下機器取り付け板と干渉します。

Yukashita2

 そこで床板止めネジと干渉しない位置に取り付け穴を新設しました。

Bsayou

 ウエイトも存在を主張しにくい「MPウエイトF」を使用しますが、ブレーキ作用装置裏側のタンクが干渉しますので、この部分を削除しておきます。

 ここまで出来たら、部品を一通り組み立てて、全体の具合を見てみます。

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 モリヤのものが入手不能な現在、貴重な初期型103系の床下です。特に主抵抗器の吸い込み口は、モリヤのものが断流器のようなおかしな形状だったのに対して、こちらは初期型の特徴である幅の狭いタイプになっています。 どうやら、前に作ったモハ103の床下も交換する必要がありそうです。

 取りあえず床板を車体にビス止めしてみました。主要部分の取り付け寸法は、説明書を無視してカツミ規格にそろえましたので、 高さもばっちりとなりました。床下が詰まっているモハ車ですが、モーターやウエイトを小ぶりのものにすると同じMPギアシステムでもだいぶ印象が変わります。

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2009年6月23日 (火)

網走にて

 関東地方では排気ガスの規制が厳しくなって、古いバスを目にする機会は殆どありませんが、地方に行くと「えっ!こんなのまだあるの!」というくらい古いものに出会うことがあります。網走で見かけたそんな古い車を2つご紹介しておきます。

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 一つ目はこれ。網走交通バスの日野ブルーリボンですが、スケルトンボディーとしては最初期の頃のものです。両開きのドアが変わっています。

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Brdoor

いろいろな角度から・・・。

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Brushiro

 文字は剥がしてありますが、いわゆる「バスセンター」カラーです。以前はブルーリボンカラー(ロゴ入り)のモノコック車が使われていたかと思います。いつでも古い車が使われているので、バスファンならば、網走に行ったら絶対に見逃せないスポット?です。

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 製造銘板を見ると昭和60年とありました。ドライバーさんも笑っていましたが、後釜となりそうなもう少し新しい車も見かけましたので、先行きそれほど長くはなさそうです。

 もう一つ、こちらも最近あまり見なくなってきたエアロスターK、つまり絶版になって久しい呉羽車体のものですが、ライト周りの雰囲気が通常の呉羽と違っています。

Aerok

 側面のスタイルや長さから見て、都営バスの「グリーンシャトル」の匂いがぷんぷんでした。正面の社名が書いてある部分など、いかにも不自然ですね・・・。

 呉羽に関して言えば、現在、東京から割合近いところでまとまって見られるのは新潟交通でしょうか。新潟駅前にも頻繁に出入りしているのを目にしました。

 ともあれ、面白いものを発見したらつぶさに観察するなり撮影するなりといった動作が割合サクサク出来るようになって、すこしずつ以前のペースに戻りつつあります。

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2009年6月22日 (月)

地の果てまで

 旅行というものは、普段見られないものや思いがけないものと出会ったりする楽しみがあります。そして、そういった場合には速やかにその場所へ行ってカメラを取り出して撮影したり、といった日常とは異なった動作が求められます。健康な時には特にどうとも思わないものですが、ある日突然立つことも歩くことも出来なくなった管理人にとって、自由にどこへでも行けるようになる(もちろんお手伝いなどなしで)、ということはある意味悲願でもありました。

 2年前の今頃は、いよいよ本格的なリハビリが始まったものの、全く立つことも出来ず、トイレに行くのにも車椅子がなければ用が足せず、着替え、風呂といった日常の動作を全て失ってしまったということは正直相当ショックでした。もう2度と一人で電車に乗って買い物などにも行けないのだろうと思うと本当に暗い気持ちになったものです。リハビリ病院ということで、急病人がいるわけでもなく、割合のんびりした雰囲気でしたので、空いた時間に携帯電話で遊んだりもしていましたが、その時に見ていたのは北海道のライブカメラでした。画面に映る風景は一番良い季節だけに、真っ青な空と鮮やかな緑の草原、画面を見ているだけでも清々しくなってくる光景でした。とても無理だろうとは思ったのですが、1年後には何としてもここへ行ってやろうと思いました。そのためには・・・、という切り口でかなりハードなリハビリもやりましたが、その甲斐あって、本当に1年後には北海道へ足を踏み入れることが出来ました。

 その後の九州などで、大体どこでも問題なく出歩けることが分かったので、今回は列車だけでなく、バスや遊覧船など、様々な乗り物を乗り継ぐという旅行ではありがちなパターンを取り入れてみました。面白いものを見つけたらすぐにカメラを出して撮影、といった旅行の中の必須動作のトレーニングの意味も込めてみました。従って、日本一長い普通列車に乗っておしまいというわけではなく、その先がある意味本題だったのです。

 日本でも有数の水揚げ高を誇る釧路ですから、まずはここで海産物を食してから、釧網本線で知床へ向かいました。

Kattedon

 おなじみ釧路駅前の和商市場の「勝手丼」です。ここは、去年真っ先にやってきたところですが、やはり魚好きには外せないスポットですね。変わったところで「クジラ」を見つけました。

 釧路から知床の入り口の斜里までは普通列車で2時間半ほどかかります。有名な釧路湿原や硫黄山、斜里岳、さらに斜里を過ぎればオホーツク海や原生花園を望む風光明媚な路線です。釧路湿原を抜け標茶を過ぎると列車は分水嶺の釧北峠を越えてオホーツク海側に入ります。やがて進行方向右手に斜里のシンボル斜里岳が見えてきます。

Sharidake

 知床半島の付け根に位置する標高1575mの火山です。北海道らしいビート畑、原生林、そしてその向こうに美しい斜里岳が浮かぶ最果ての風景は、管理人の気に入っている北海道風景の一つです。

 そういうこともあって、知床に行くのにも、いかにも観光地というウトロ温泉ではなく、最果ての町の風情を感じつつ斜里岳を心行くまで鑑賞できる斜里駅前に泊まることにしました。

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 ホテルからも、刻一刻と色を変える斜里岳が見えます。 低い建物が集まった斜里「市街」、建物が途切れたその向こうは原生林、ここが最果ての町であることを感じさせてくれます。

Sharieki

 眼下には知床斜里駅が見えます。列車に不釣合いな広い構内がまた北海道であることを感じさせてくれます。日が落ちると東京とは比べ物にならない細々とした町の明かりが広がって、最果ての夜を感じさせてくれます。

 ここから知床の観光ターミナル、ウトロまではバスで1時間弱の距離です。観光案内や絵葉書に出ている写真は6月頃に撮ったものが多いようですが、管理人は、知床には何度か来ていますが、6月は初めてでした。

Oshinkoshin

 ウトロの手前にあるオシンコシンの滝は普段は二筋なのですが、雪解け水の多いこの時期は三筋になって落ちています。

Utorokou

 知床半島の先端部分は道路もなく、さらに自然を守るために立ち入り禁止になっているので、この船に乗って見ることになります。夏が過ぎて9月になると波が高くなって欠航することも多いのですが、今の季節は殆ど欠航することはないそうです。

 以前乗ったときは天気が悪く、キャビンの中にいるしかなかったのですが、今回は良い天気です。デッキに出てゆっくり撮影することにしました。何しろ小さい船ですから、凪いでいてもゆ~らりゆらりと揺れます。その甲板上を右へ行ったり左へ行ったりしながら撮影するのは、平衡感覚を取り戻すためのリハビリネタとしては最高のようでした。

Iwozan

 観光写真でおなじみの硫黄山です。残雪と新緑、そして真っ青な海、観光写真の世界そのものの風景が広がります。団体ツアー向けのコースはこの付近で折り返します。絵葉書にある風景を見たからそれでいい、ということなのでしょう。こちらはそんなせっかちな旅をしているわけではありませんから、 知床岬まで行きます。

 沿岸には面白い形の岩がたくさんあります。波や流氷などによって形作られたのでしょう。

Takoiwa

 これは「タコ岩」。思わず納得します。そういえば、ウトロ温泉の近くにも こんなのがあります。

Kameiwa

 これはチャシコツ岬、通称カメ岩、

Gozzila

 こちらはズバリ、ゴジラ岩です。

 他にもいろいろあるのですが、そんなものを見ているところで、「本船の左手にイルカが泳いでいます」というので今度はそちらへ・・・。

Iruka

 何頭かが一緒になって泳いでいました。

 やがて、船は知床半島の最先端、知床岬へと到達します。

Misaki

 本当はこの後ろに国後島が見えるのですが、この日はガスがかかって見えませんでした。しかし、いかにも初夏という感じの清清しい風景でした。

  ここはまさに地の果て。いつの日か、地の果てでもどこへでも自由に行けるようになりたいと思っていましたが、その日は思いの外早くやってきました。揺れる船上でも躊躇することなく歩いたり撮影したり出来ることを確認できたのも大きく、実り多い最果て行きになったと思います。また一歩「完全復活」に近づけたように思います。

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ホビーの103系床下お試し作業

 先ごろ発売になったホビーモデルの103系用床下を使用してみました。初期型の車体を大量に抱えておられる方には待望の製品だったわけですが、使用に当たってはいくつかの留意点があります。殆どはΦ2.0程度の穴を開けて接着すれば良いのですが、説明書を見るとわかるように、この製品は同社の101系プラキットの側面を転用した103系での使用を前提にしています。MPギアで使用する場合には、内側に来る部品を省いたりするなどのアレンジが必要です。

 そして一番問題なのは、モハ103用に入っている主制御器と主抵抗器です。

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 この2つは大きな部品で重量もありますから、そのまま接着するだけでは脱落の心配も出てきます。パーツ上面に入っている線はプラ床板のモールドに対応するものです。

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 盛り上がっている部分は一段奥まっていて、取り付けると少し浮いているように見えますから、これはそのまま活かします。バリやパーティングラインを削ってから真ん中にロックタイト(瞬間接着剤)を一滴たらして、取り付け板に仮止めします。位置が出たら、部品を溶解させないように注意しながらハンダ付けします。

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 コテの当て方を工夫して接合面全体にハンダが染み渡るようにします。

Kansei

 面倒なので、穴を開けて取り付けた小さな部品もハンダ付けしました。これで強度的にはまず問題ないものになりました。エンドウ製品のようにタッピングビスで締めるというのも手かもしれませんが、穴を開ける手間を考えると、この方が手っ取り早いかもしれません。

 同じ要領で反対側も組み立てました。こちら側も、主制御器の他は取り付け足を穴に差し込む構造です。

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 全体的にパーティングラインが目立つので、組み立てる前にペーパーなどで仕上げておくと良いかと思います。

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トレーラーコレクション入荷予定

 お問い合わせの多いトレーラーコレクションの入荷予定が決まりました。問屋入荷が26日(金)ですので、当店には27日(土)に到着します。

 いつものように開封販売をいたしますが、BOX単位以外のお取り置きはいたしませんのでご了承下さい。

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2009年6月20日 (土)

最近感心した商品

 今の時期は、目だって華やかな新製品は少ないのですが、ちょっと感心したものがあるのでご紹介したいと思います。

 それは、TOMIXから発売された165系新製冷房車です。

 房総急行や「なすの」「ゆけむり」あたりの4+3の編成を意識したセットになっています。165系自体は既に出ていますから、バリエーション展開ということになるのですが、今回の製品では、これまでの165系シリーズの弱点がことごとく改善されています。

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 HGシリーズですから、最初からTNカプラーですが、今回は前面・中間とも復元バネが入って扱いやすくなりました。方向幕もはめ込み式で差し替えが出来るものになっています。

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 動力車は最近のフライホイール付きのものになってスムーズになるとともに、とても静かになりました。トレーラー車もピボット軸受けになって転がりが大幅に改善されています。

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 そして、ぱっと見の印象を良くしているのは、どうしても透けやすい黄かん色が非常にはっきりしていることでしょう。

 いずれも非常に地味な部分ですが、模型としての根本的な部分であり、こうした部分を地道に改善している姿勢は評価できると思います。

 TOMIX製品は、以前は「オモチャ屋が作っているものだからそれなりだなあ」という評価が一般的で、実際にもそんな感じのものが多かったのですが、ホビー部門の分離子会社に移った現在、品質の改善は目覚しいものがあります。

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2009年6月18日 (木)

ホビーモデル103系床下の検討 モハ103の巻

 先般入荷した103系の床下機器、管理人もとても気になって、目下車体を製作中のモリヤのモハユニットに使うことにしました。アングル深さなどをエンドウのMPギアを基準に設定しましたから、床下機器の取り付けについてもカツミの103系に準じることになります。

 マズハモハ103の部品を検討して見ました。殆どの部品は、エコーの客車用の床下のようにφ2.0くらいの足が付いていますが、主制御機と主抵抗器にはこれがありません。

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 上面には台枠表現を避ける切込みがあるところから、例の101系側板流用のプラ103系に使用することを想定しているようです。これをエンドウ・カツミ方式で使用する場合、一番引っかかりそうなのは抵抗器ですね。

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 制御機も含めてベタ付けのためのスペーサーらしきモールドがあるので、この分を削ってネジ止めにするのが良さそうですが、主抵抗器に関してはブロア部分をかっこよくまとめる必要があります。

 そして、この2点は大きさが大きく、重量もあるのでこのままベタ付けでは脱落の心配があります。高さ調整と合わせて、取り付け方法も考えてみたいと思います。

 あのプラ103系は、側面がまんま101系ということで不満な方も多いと思いますが、101系と103系は往々にして模型では一緒くたにされています。カワイモデルのものなどもどっちつかずの形で逃げていました。しかし、101系と103系は、実はかなり違うもので、その辺をきちんと表現するのもポイントになりますね。103系は昔からゲージを問わず、そうした中途半端な扱いのものが多いのが気になります。Nゲージでも、側面ルーバーのないサハがなかったり、逆に101系の車体を流用して側面ルーバーを印刷ですませたり、といった具合です。コストの制約のある完成品では止むを得ないのかもしれませんが、子供の玩具ではないのですから、多少コストや手間がかかってもこの電車の特徴をきちんと再現したいものです。

 この床下機器セットは、料理の仕方さえ分かれば、結構使えるかと思います。残っているモハユニットでサンプルを作りますが、具合が良ければ入院前に製作したモハユニットのものも交換しようと思います。

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2009年6月15日 (月)

根室本線の旅

 北海道と言うと、やはりあの広大な道東の風景に惹かれます。復活後2度目の北海道もやはり道東を目指しました。去年と比べるとだいぶ気分的にも余裕が出てきましたので、途中での列車や施設などの観察が出来るようになってきました。

 管理人が初めて根室本線に乗ったのは、今から30年近く前、小樽から釧路行きの夜行列車「からまつ」ででした。スハ43系の北海道バージョン、スハ45・スハフ44の座席車が4両、寝台車2両、それに郵便車と荷物車が各1両と言う編成でした。普通列車に寝台車が付いていると言うのも今では考えられませんが、この列車は当時上野から普通列車の乗り継ぎで接続していたのです。電化区間の函館本線滝川まではED76-500、以後はDD51の牽引でした。まだ石勝線が開通しておらず、釧路方面への列車は、優等列車も含めて全部滝川経由だった時代です。石勝線開通後は根室線の滝川~新得間はすっかりローカル線になってしまいました。

 その根室本線には、現在日本で一番長い距離を走る普通列車があります。滝川9:37発釧路行きの2429Dがそれです。「からまつ」や函館~旭川間の普通列車に比べれば短いなあ、と言う感じですが、昨今の鉄道旅行ブームのせいか、そうしたガイド本を持った人たちが乗っていました。

Takikawa

 日本一長い距離を走る割にはキハ40の単行で、およそ本線の列車には見えませんが、現在の北海道ではこれが標準的な姿です。良く見るとワンマン対応の700番台が、いつしか1700番台になっています。エンジンを取替えたようで、キハ40はまだまだ使うぞ、と言うことのようでした。車内も扇風機からバス用のラインクロスファンに交換されています。走り出して見ると、それほど以前より速くなったという感じはありませんでした。

 富良野駅では先行の富良野行きで運転してきた車両を連結して、ここからは2両での運転です。

Furano

 真昼間の乗客の少ない時間だけに、2両にする意味もないように思えますが、どうやらこの列車は、所属の釧路へ入庫させるためのものと言う意味合いもあるようです。後ろに付いた車両もまた1700番台でした。去年と比べると着実に増えているようです。

Yuubari

 富良野を出ると夕張山地の裏側を眺めながら、列車は狩勝峠を目指して登っていきます。山にはまだ雪が残って北海道の遅い春を感じさせてくれます。

Kanayama

 空知川をせき止めて出来た金山湖に近い金山駅です。無人駅ながら、駅舎がしっかり残っているのは、冬場の保線作業などの拠点として使うからなのでしょう。

 駅を出てしばらくすると金山湖を渡ります。

Kanayamako

 やがて、列車は「ぽっぽ屋」で有名になった幾寅駅を通って落合に着きます。幾寅駅はセットが残っており、ロケに使用された「キハ12」の前頭部も置いてあったりするのですが、時間も経ったせいか、駅前には誰もおらず空しい雰囲気でした。

Ochiai

 落合では狩勝峠を越えてきた上り列車と交換しますが、この先の新狩勝信号場で合流する「スーパーおおぞら」を先行させるためすぐには発車しません。またここが空知と十勝の境界という事で、ここ止まりの列車の設定もあります。根室本線を普通列車で旅行する場合には、落合~新得間の時刻をまず決めてから前後の連絡を設定する必要があります。

 落合を出ると新狩勝トンネルを抜けて新得へと下っていきます。この区間は一駅28Kmもありますが、車窓にはいよいよ十勝の大平原が広がります。

Karikachi

 右へ左へと大きなカーブを描きながら山を下っていきます。やがて街が見えてくると新得に到着です。

 列車は十勝の大平原を横断して、帯広に向かいます。根室本線には石勝線経由で貨物列車も運転されていますが、いつの間にかここも機関車はDF200が主役になっていました。

Df200

 この機関車、何となく外国の機関車っぽいデザインで、十勝の大平原には良く似合うように思います。かつての主役DD51は、DF200と同じ色になった更新車が僅かに目に止まった程度でした。

Dd51

 機関車の世界も着実にに変化しています。

 帯広駅ではしばらく停車するので、弁当を買ってきました。これは去年もやったのですが、駅弁を食べるには両手が使えないといけません。普通列車ですから、テーブルもありません。駅弁も今はホームでは売ってなく、高架ホームから地上の改札口へ降りて外へ出なければなりません。

Butadon

 時間内に買ってきて、列車で食べる、というのは結構いいリハビリ訓練になります。馬の目の前にニンジンをぶらさげるようなものでしょうか。去年よりは一連の動作がかなりスムーズになっていることを実感しました。やはり帯広は「豚丼」ですね。

 帯広を出た列車は、引き続き十勝の大平原を走ります。

Tokachi

 誰も乗っていない列車で、こんな風景を眺めていると、心が解放されたような気分になってきます。入院して車椅子に座らされた時には、もう二度と目にすることはないだろうと思った世界です。そして、普通列車ですから、窓を開けて「十勝」を身体全体で実感するのです。

Ikeda

 ところどころ牛がのんびりと草を食んでいたりします。何の変哲もない風景ですが、でも、これぞ北海道、と言う感じです。管理人が気に入っているシーンの一つです。

Makubetsu

 広大な十勝平野を颯爽と走る「スーパーおおぞら」です。列車名の「おおぞら」を実感します。ここ幕別駅は一線スルーで高速化されたので、右側通行での交換になります。

Urahoro

 帯広からの人の流れは、ここ浦幌までで、折り返し列車の設定もあります。この先は釧路管内と言うことで、高校生の流れもまたここで切れるわけです。浦幌を出ると列車は小さな峠を越えて太平洋側へと出ます。原生林に囲まれた常豊信号場で貨物列車と交換します。

Tsunetoyo

 原生林の中を行くDF200というのもなかなか良い感じです。

 列車はやがて太平洋に沿って走りますが、この時期特有の濃い霧に阻まれて白一色の世界になってしまいました。やがて列車は釧路に到着します。到着する頃には霧も晴れて、傾いた西日が列車を照らしました。

Kushiro

 1番のりばに駅の本屋と鉄道管理局の入ったビルがある国鉄時代の典型的な主要駅の趣です。最近では改築も進んで、こうしたスタイルの駅も少なくなってきました。特急列車は必ず1番のりばから発着すると言うのも鉄則ですね。

 こうして8時間1分の日本一の普通列車の旅は終わるのですが、さすがに最初から最後まで乗っている人はいませんでした。滝川で旅行の本を持っていた人はどこへ行ったのでしょうか。

 北海道は列車の本数が少ないので、パターンが固定されてしまいがちですが、定点観測的に細かい変化を観察しながら行くと思わぬ発見もあるものです。例えば・・・。

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 1700番台のナンバー、ハイフンがつくのか、つかないのか?とか、結構面白い発見があったりします。後々の模型ネタに使えるようなものもあるかもしれません。実物あっての模型なのですから、実際に見た印象と言うのは模型を楽しむ上でも重要なファクターだと思います。新製品が出たから買う、だけというほど底の浅いものではないのです。実際に見て印象的だったら、古い製品を使う、というのもあるわけですし。

 そして、何よりそうした観察が出来るようになっていた、というのが今回の収穫でもあります。

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2009年6月14日 (日)

ナハ11仕上げ進行中

 久しぶりに客車列車に乗ってきたせいか、工作のテンションも上がります。途中だったナハ11の続きです。

11shikiri

 まずは室内灯の調整です。走行中に安定して点灯するよう、センターピンのバネ部分などを調整して走らせます。ある程度走り込ませるのも大事なようです。大きな窓からちらりと見える国鉄の地図が旅心をそそります。この角度で見ると、踏切待ちのときにトイレの排水をモロ浴びたのを思い出します。

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 ナハ11をはじめとする軽量客車は、それまでの車とはがらりと違ったスタイルではありますが、大分類で行けば旧型客車に属し、実際にも旧形客車の編成に組み込まれていました。ですから、列車にしたときに1両だけ浮いた感じになってはいけないのです。向こうからやってくる列車の途中に窓の大きいのが混じっていて、それでナハ11が入っているな、と認識したわけですから、そういった感じが出るようなウエザリングを施します。

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 オユ10と同様、屋根の艶を消してから鋳鉄制輪子の錆を表現します。似たような形態のオハ50系の台車ではレジン制輪子でしたから、車両全体が赤錆っぽくなることは少なかったですね。床下は軽めに施してあります。作業ついでにレタリングも入れました。 列車の中に溶け込んだ感じになりました。欲を言えば、この1両だけあの安っぽいジョイント音になれば良いのでしょうけれど、基本構造が他形式と同じなので、重々しい感じになっています。贅沢な話ではあるのですが。

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 16番の場合、どうしても1両ごとの車両に目が行きがちですが、列車全体の雰囲気も大事だと思います。青森から青函連絡船に積み込まれて北海道へ渡る郵便車や荷物車を連結した東北本線の普通列車のイメージ再現を目指しています。

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こんなこともやっています

 当雑談室でご紹介の通り、当店では16番のブラスキットを扱っています。いろいろな車種が出ているのですが、量販店などではまず目にする機会がありません。それだけに店に来られる学生さんを始め、特に若い方が興味を示されます。昔からおやりになられている方に新しい部品をご紹介するのはもちろんですが、興味を示された方にはぜひチャレンジしていただきたいと思います。

 今日ご紹介するのは、昔のカツミの「たのしい鉄道模型セット」(懐かしいですな!!)からスタートして、その後Nゲージに移り、しばらく前に16番に戻ってこられた方の作品です。ブラスキットの組み立てには縁がなかったわけですが、キハ52のキットを見て「ムラムラ」としてきたようです。

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 フジモデルのキットは組み立て説明が皆無に等しいのですが、部品の精度などはとても良く、手順さえ分かれば初めての方でも立派に完成できると思います。店の一角の工作スペースでチャレンジしていただきました。作業順序や注意点などは当雑談室のいわばリアル版といった形でご説明させていただいています。

 週末中心の作業、3週間ほどでここまで出来ました。1両でもサマになる車種ですから、これが完成すれば嬉しいでしょう。

 模型と言うのは、買ってきて、走らせて、飽きたら中古店に投げておしまいと言うほど底が浅いものではないのです。昔乗った小海線のキハ52がテーマだそうですが、これが完成して、走らせて、1ヶ月したら飽きて中古店に売り飛ばす、などということはまずありえないですね。プラスチックの完成品も出ている形式ですが、それをあえて自分の手で作る、そこが模型の醍醐味だと思います。安いか高いか、無駄手間かどうかでは割り切れないものがあります。そうした、模型が持つ本来の面白さと言うのもアピールして行きたいですね。

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2009年6月13日 (土)

16番パーツ入荷品のご紹介

 以前ご案内いたしました次のようなものが入荷しました。

★ホビーモデル 103系床下機器

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 期待通り非冷房用です。モハ103・・・3675円、モハ102・・・3150円、クハ・サハ用・・・各1260円です。

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 主抵抗器の吸い込み口は幅の狭い初期型タイプになっています。KSの車体、くろま屋のインレタなどと合わせて、103系を熱く楽しめそうです。

★天賞堂 PS101 丸カバー

Ps101

 ED75ヒサシ付きなどに使用するパンタグラフです。市中在庫がすっかりなくなっていましたので、待望の再生産といったところです。カツミのED75キットもこれが指定になっています。交流電機の仕掛をお持ちの方はこの機会にぜひお求めください。今回は4200円です。

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TOMIX新製品 Nゲージ C57-135についてのお知らせ

 5月の静岡ホビーショーで発表されたTOMIXのC57-135の受注案内が来ました。8月発売予定で定価が15400円(税抜き)とのことです。

 この商品についてお知らせがあります。とても手の込んだ商品と言うことなのでしょうか、生産数はかなり少なめになるようです。発注通りの納品はまず無理であると言う連絡が来ています。従いまして、この商品につきましては実際に入荷した時に先着順でお渡しすることにしたいと思います。現時点では当店への入荷数量は全く分かりませんので、トラブル防止のためにも、事前のご予約、お取り置きは一切行わないこととさせていただきます。悪しからずご了承ください。

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2009年6月11日 (木)

北の大地へ客車列車の旅

 いよいよ梅雨入り、夏がそこまで近づいています。今は鉄道旅行が何故かブームのようで、そうしたテーマの本がたくさん出ていますね。夏休みに涼しい北海道を列車で旅行しようという方も多いかと思います。

 さて、北海道への列車というと、かつて「ワイド周遊券」などで旅行された方なら、青森まで急行「八甲田」「十和田」「津軽」の自由席で、というパターンが多かったでしょうし、特急であれば何本も運転されていた「ゆうづる」あたりということになって、客車の列車が必ずといって良いほど顔を出していました。へそ曲がりの管理人はまだ「青春18きっぷ」などが発売されていない時代だったにもかかわらず普通列車で行っていましたから、東北地方に入ればこれまた殆どが旧型客車による列車ばかりでした。

 東北地区では分割民営化の後も12系や50系による客車の普通列車が運転されていましたし、何より青函トンネル開通で登場した快速列車が客車だったというのはちょっとびっくりしました。

 そんな北への客車列車ですが、効率化の深度化に伴う夜行列車の削減、普通列車の電車化などによって、近年その様相は大きく変化しています。最盛期には3往復あった「北斗星」も現在では1往復ですし、「カシオペア」は不定期、「日本海」の函館乗り入れもいつの間にか消滅しています。その他、北海道の方から本州に入り込んでいるというイメージの急行「はまなす」、日本海縦貫線経由の不定期列車「トワイライトエクスプレス」、もうこれだけになってしまいました。

 さて、そんな中でマニアックな観点からチョイスするとすれば「北斗星」「はまなす」あたりになるでしょうか。改造車が多いものの、割合国鉄の匂いを残しています。青函トンネルが開通したのは分割民営化の翌年でしたから、国鉄の財政事情もあって、用意された車両は機関車も客車も中古車両を改造したものばかりでした。およそ「世紀の大事業」の完成には似合わないものでしたが、それが結果として国鉄型車両を延命させることになったのかもしれません。

 復活3回目の遠出は、その「北斗星」です。

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 北への旅は上野駅から始まります。でも東北新幹線が東京駅まで伸びてからは、北への玄関口の印象は薄くなりつつあります。今では宇都宮・高崎線への通勤客の乗換駅という感じが強まっていますが、それさえも「東北縦貫線」が開通して東海道線と直通運転が始まれば様相は一変し、始発駅としての貫禄は失せてしまうのでしょう。

 地平ホームの突き当たりにある中央改札は、これから始まる長距離列車の旅への期待を盛り上げます。

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 今は自動改札になり、発車案内もLEDになっていますが、かつてはここに改札ラッチがずらりと並び、頭上に渡したケーブルに木の板にペンキで書いた発車案内板がずらりとぶら下げられていました。改札の向こうには「ひばり」「やまびこ」「はつかり」といった特急列車が並び、華やかな雰囲気をかもし出していました。夜になれば各方面への夜行の客車列車が次々に発車し、それらの列車に連結された荷物車に乗せる荷物を積んだ台車をたくさんつないでターレットが乗客を掻き分けながら走っていました。そんな東北線全盛期の面影はすっかりなくなりましたが、頭上の壁画だけは今も変わりません。

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客車列車は尾久車両センター(昔の尾久客車区)から推進運転で回送されてきます。今は13番線が専用になっていますが、かつては夜になるとEF57やEF58、EF80などがずらりと並んだものです。東北方面へ直通する普通列車も同じように尾久から推進で入線していて、同じ普通列車でも115系などとは格が違う感じがしていました。

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 機関車はおなじみEF81ですが、30年以上経過して最近は故障も多いようで、近々EF510に置き換えになるようです。今ではすっかり「顔」になっていますが、管理人はどうもこの機関車は日本海縦貫線のものというイメージが強くて、いまだにしっくり来ません。

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 改造車オンパレードの編成のうち、列車登場後追加されたものです。SA1が車両の中央にあるグループです。

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 最近はサボを殆ど見なくなりましたが、さらにフルカラーのLED表示の登場もあって、こうした幕式のものでさえレトロっぽい感じになってきました。「札幌行き」の表示が誇らしげです。

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 ドア上の等級表示が国鉄の香りを漂わせています。よく見るとクーラーが取り替えられていますね。

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 SA1の室内です。別に普通列車でも構わないのですが、ご存知の通り、東北地区は今や殆どがロングシートの701系、最近ようやくセミクロスの731系が入り始めましたが、岩手から青森にかけての長大な区間は701系オンリーです。ゆったりと足を伸ばしたいのなら、その分料金を出せということなのでしょう。今回は3年ぶりの東北線なので、最近の変化をじっくり観察したいということもあってこれにしました。

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 北海道新幹線がらみで「北斗星」は青森駅には入らず、青森信号場でEF81からED79に付け替えます。青函トンネルを抜けてきた貨物列車は、ここで東北線ならED75、日本海縦貫線ならEF81に付け替えていましたが、今は何ともがらんとした雰囲気。

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 EF81やEF510が少しいるくらいで、ED75の姿はもはやここにはありませんでした。北海道から首都圏まで直通できるEH500が大量に投入されて、ED75は春のダイヤ改正の時点で僅か20両くらいにまで減っています。途中目にすることが出来たのは東仙台付近にあるJR貨物の仙台総合鉄道部だけでした。生きているのは更新色ばかりでしたが、これとて次のダイヤ改正まで残るかどうか微妙なところです。夜中ということで写真は撮れませんでしたが、かつて北への旅でとてもお世話になったED75最後の姿を見ることが出来ました。

 青森信号場からの牽引機ED79も当時の財政状況から、比較的経年の若いED75-700をタネに改造されたものですが、今や旅客列車でED75の一派に接することが出来る唯一の存在になりました。

Kanita

Kaikyo

 蟹田駅で乗務員が交代し、新中小国信号場から海峡線に入ります。先頭に立つED79はすっかり色あせて、ED75一族の行く末を示しているかのようでした。

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 函館に入る手前の五稜郭にED79が何台か止まっていましたが、貨物の方は車齢の若い50番台とEH500が主力であり、旅客も日中の青函トンネル通過列車が全部電車特急になって、殆ど出番がなくなりました。

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 これは貨物の重連補機として改造された100番台。経費節減のため、片側の運転台だけを改造したものですが、EH500の大量投入でお役御免になり、機関区の片隅で静かに最期の時を待っていました。道内用のDLもレッドベアばかりです。

Hakodate

 函館からはDD51重連ですが、今やこの区間を走る「はまなす」や「カシオペア」「トワイライトエクスプレス」、そしてこの「北斗星」しかDD51の旅客列車はありません。非電化幹線のエースとして全国に投入されたDD51もまた風前の灯です。

Otoshibe

 八雲の手前、落部駅で「スーパー北斗」に追い越されます。電化区間の少ない道内の幹線もこうした新世代気動車で面目を一新しています。

Sapporo

 上野から16時間あまりを経て札幌に到着します。大都会の中心駅ながら客車や気動車など様々な列車が出入りするという特徴があったのですが、今は3ドアの通勤電車が主流になっています。大都会の真ん中にDD51が現れるというシーンも遠からず過去のものになるのでしょう。

 旅行パンフレットにある「豪華寝台特急の旅」というよりは、マニアックな「豪華国鉄型車両三昧の旅」という趣の「北斗星」です。「カシオペア」はどう見てもサロE217を寝台にしたようなものですから、客車らしい乗り心地は期待できません。「北斗星」に連結されているスシ24も電車の改造なので、乗り心地が他の車両と明らかに違います。どう見ても昔の「ひばり」の食堂車の乗り心地です。

Sushi24_2

 北海道新幹線の完成が近づきつつある現在、そんな国鉄の面影を求める列車の旅というのも面白いかと思います。

 模型の方も今年は「北斗星」の再生産が相次ぎます。そろそろ終わりが見えてきたかな、という感じがします。

 

 

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2009年6月 3日 (水)

北の大地へ来ました

脳卒中で倒れてから丸2年、3回目の遠出です。1年前より改善した点、要改善な点などを見極めるのが主な目的です。日常やらない動作なども多いので、全体的な身体の動きなどを見るのには好適です。
例えば食堂車。両側にテーブルがあるのでつかまれません。走行中の山手線の車内を掴まらずに移動できるようになったせいか、特に問題なかったのですが、そういう場面にならないとなかなかわからないものです。写真を撮るにしても、舗装していないホームで対向列車を撮影したりする場合、カメラに集中しながら後ずさりしたりする必要があります。そういった以前は普通に出来ていたことを取り戻す訓練の意味もあります。
初回に比べればいくらか余裕が出て来ていますので、参考になりそうな写真などを撮影して、またこちらでご紹介できればと思います。
やはり実物あっての模型です。様々な工夫は実際に見た印象から始まります。まだ完全ではありませんが、自由に出歩けるようになったことを嬉しく思います。しばらくは文字だけになりますが、面白いものをみつけたりした時はその都度ご紹介できればと思います。

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2009年6月 1日 (月)

遠出外出第3弾

 倒れてから2年を経過しましたが、ここでまた遠出をしてみます。1年前と比べてどうか、という見極めをしようというわけですが、そうこうしているうちに国鉄型の車両も急激に減っています。

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 北への旅に欠かすことの出来ない客車列車も、もうこれくらいしかありません。今や24系もかつて乗ったED75の引く旧型客車と同じくらいの車齢になって、もはや「現代の旧型客車の旅」という感じです。機関車も近々EF510に置き換えられるようで、EF81の引く列車に乗るのはこれが最後かもしれません。

 模型の制作に参考になるような写真などもいろいろ撮影して来ようと思います。

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