無事に戻ってきました。今日からまた営業です。今回の遠出第2弾は、いろいろ条件の異なる各地の街をストレスなく歩けるか、と言うことを重点に、退院1年後の目標であった、全国を旅行できるようになるということを目指しました。もちろん、入院する前のように、自由にいろいろな列車に乗って歩き回れると言うのは最低限の目標でもありました。
JRになって20年以上が経過し、列車も駅も、そして鉄道全体が大きく変化していますが、そんな中でそう遠くないうちに消滅しそうなジャンルに「夜行列車」があります。寝台特急でさえ風前の灯といった感じになっていますが、各方面に新幹線が走るようになり、航空機も一般的なものになった現在、もう夜行列車は必須のものではなくなったのでしょう。国鉄もJRになって、夜間現場に貼り付けておく要員の人件費などにもシビアになってきているでしょう。
今回の西日本行き、先ず最初の目的地は大阪でしたので、もう30年も前、153系の時代から親しんできた「大垣夜行」の現在の姿、「ムーンライトながら」で出発しました。
「青春18きっぷ」では思い切り損した感じになるよう、東京駅の発車時間が繰り上げられ、1日目にあたる部分が普通運賃で1500円弱になる小田原に設定されている上に、「本日分の小田原駅までの乗車券が必要です」と繰り返していました。次のダイヤ改正では臨時列車に格下げになるという新聞記事がありましたが、もう本当にやめたくてしょうがない、と言う感じでした。まあ、今の時期は「青春18きっぷ」はないですから、思い切り引き伸ばした一筆書き乗車券だったので、小田原云々は関係ないのですが。
繰り上げて余った時間は、静岡・浜松・豊橋などでの長時間停車で調整するようになっていました。昔は、静岡駅で、真夜中にもかかわらず、温かい駅弁を売っていました。真夜中の静岡駅では、高速貨物列車に道を譲るのは今も変わっていません。
いつとはなしに、眠りに落ちて、目が覚めれば早、名古屋でした。夜行列車の不思議な時間の過ぎ方です。
終着の大垣に着くと、冬に備えて試運転を行っている除雪車が止まっていました。
道中で季節感を感じたり出来るのも、在来線の旅の楽しみの一つですね。特に急ぐわけではないので、少し後の米原行きに乗りましたが、先ほどの「ながら」のうちの3両でした。
終着の米原駅はホームの改築も進んで、かつての幹線の途中の要衝駅の貫禄は失われてしまいました。ここから分岐する北陸本線も普通列車は2両編成の521系でした。かつて、ここから金沢・富山、そして直江津へと走っていた客車の鈍行は、2つ先の田村駅までDL牽引で交直セクションを越えて、田村駅からEF70などに付け替えを行っていました。高校生の時に、在来線で初めて大阪へ行ったときには、田村までの交直連絡にはまだDD50が活躍しているのを目にしました。黎明期の本線用DLということで一風変わった姿が印象に残っています。
米原駅からは、新快速で1時間半で大阪です。いつもながら、同じ東海道線でも快速「アクティー」なんかよりも全然速いな~、と感心します。関東ではああいうサービスは出てこないですね。
大阪と言えば、やはりこの地下鉄のドーム、ここへ来ると、大阪に来たなあということを実感します。
東京の地下鉄にはない世界です。ここをサクサクと歩けるか?と言うのが先ず第一のテーマでした。思いの外、スムーズに歩けたのでちょっとびっくりでした。大阪と東京では人の動き方が違うので、ちょっと心配だったのですが。
そして、大阪は「食い倒れの街」。いろいろ食べたいものはあるわけですが、やはり大阪ならでは、と言うもので管理人が気に入っているのはまずこれ。
「ソースの2度漬けはお断り」で有名?な串かつスタンド。狭いスペースで立ち食い・立ち飲みですから、立っているだけでなく、両手が使えないとダメですね。これは特に問題なしでした。
もうひとつは、デパ地下のスナックコーナーにあったお好み焼き。
同じ場所にマクドナルドもあるのですが、見ているとお好み焼きの方が断然人気のようです。
夜行列車で大阪まで来たし、大阪の地下鉄にも問題なく乗れて、串かつもばっちり、ということで、それだけでとても満足した気分になりました。
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