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2008年11月29日 (土)

オハ47試運転

年末が近付いて忙しくなる季節です。いろいろ買っていただける時期なので、当雑談室も張り切らなければいけないのですが、なかなか思うように行きません。

昨日は空いた時間を使ってオハ47の試運転を行いました。

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何の変哲もない客車が走っているだけですが、客車列車ってそんなものでしたよね。模型でも、そんなありきたりの雰囲気を再現するのがこの場合のポイントだと思います。

 いつものようにポイントなどの通過の具合や照明への通電をチェックしました。新品の台車ですからいつものように軸受けにCRC-556を吹いてから試運転を行いました。5-56についてはいろいろなご意見をいただきましたが、安定した通電を長期間維持出来、特にトラブルも起こさないので、ブラスモデルの場合には使っても大丈夫そうです。もちろん車体の塗装面にかからないようにするなどの配慮は必要でしょうけれど。

例の国鉄地図も暗い所で見ると引き立ちます。お客を乗せるとなお雰囲気が良くなるのかもしれません。模型というのは癒しの道具なのですから、気ままに楽しむというのも大事ですね。

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デッキの照明は本来白熱灯ですね。何か良い方法はないでしょうか?贅沢な事を言う時代になったものです。

 いつかまた、こんな列車で旅行したいものです。もう、叶わないでしょうけれど。

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2008年11月28日 (金)

営業時間の臨時変更について

 毎度お引き立ていただきまして有難うございます。

 11月29日(土)は、店主リハビリ関連の講座受講のため、17時からの営業となります。よろしくお願いいたします。

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2008年11月26日 (水)

これがやりたかった!!

 出かける前に途中で止まっていたオハ47、作業再開です。塗装も終わって、ここからがこのオハ47最大のポイントになる部分です。このオハ47では、工房ひろの仕切板パーツを試用したわけですが、これを生かすか殺すかは最後の仕上げにかかってきます。

 塗装後は窓ガラスや内装の取り付けになりますが、今回は先ず仕切板の額縁の部分に、パソコンで製作した「日本国有鉄道案内図」を貼ります。原稿さえあれば、簡単にジャストサイズのステッカーが作れます。便利な時代になったものです。

Shikiri

 このように座席に座ってみたときに、出入り口の右側に掲出してあったのが一般的でした。時刻表の索引地図と同じように、北海道、東北、といったブロックに分けられていて、その車両の所属する地域のものが掲示してありました。左側の枠は、その地域を管轄する鉄道管理局からのお知らせが貼ってあったり、何も入ってなかったりという具合でした。 座席を取り付けると貼りにくくなりますから、最初にやります。その後室内灯や座席を取り付けて点灯テストを行います。

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 うんうん、確かにこうだったですよね!牽引機がED71またはED75ですから、地図ももちろん東北地方です。「ハイケンスのセレナーデ」で始まる客車列車の旅を思い出させてくれます。もう殆ど自己満足の世界ですが、模型と言うのは、本来そういうものだったはずです。

 使用したのはこちらの部品です。

Shikirid

 ドアは何種類かあるものを選んで任意の組み合わせに出来ます。

 細かい手直しはまだですが、今日のところの全体像はこんな感じです。

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 工房ひろの仕切パーツ、エンドウのユニットライト対応になっているのですが、このように客室が蛍光灯になっている場合でも、デッキは白熱灯だったんですね。ずいぶん贅沢なことを言う時代になりました。

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2008年11月25日 (火)

「夢の超特急」、夜行列車・・・「国鉄の時代」の終わり

 JRになって既に20年以上が経過しました。今まで残っていた国鉄の面影も急速に姿を消しつつあります。今月末には、初代の新幹線として長らく活躍した0系が引退しますし、来年春のダイヤ改正では、引き続き夜行列車の削減などが行われるようです。

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 東海道新幹線は、東京オリンピックの開かれた1964年の開業ですが、敗戦で全くの焼け野原になった日本が僅か20年足らずのうちに世界一速い鉄道を作り上げたと言うことで、戦後の復興の集大成と言うことも出来ると思います。そして時代は高度成長へと進んでいきます。「夢の超特急」の「夢」は、技術者たちの夢ばかりでなく、日本の発展を願う全ての人々の夢でもあったのでしょう。大きいもの、速いものが大好きな子供たちにも夢を与えていたのは間違いありません。

 一方、国鉄は新幹線の開通あたりを境にして赤字体質に転落、最後は分割民営化で姿を消すことになります。0系がその後マイナーチェンジを繰り返しながら延々と作り続けられたのもそれと無縁ではなかったでしょう。ある意味、同じ時代に登場した103系に通じるものがあります。

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 103系は当初、山手線用として設計されたものですが、輸送の逼迫もあって、本来の用途とは異なる駅間の長い区間の多い関西地区などにも大量に投入されました。線区の事情に見合った新車がまとまって入るようになるのはJRになってからですね。こちらも、そんな新系列車の台頭で、今後急速に姿を消して行くでしょう。

 夜行列車も、新幹線網の発達で、もはや存在理由は見当たりません。民営になったJRにしてみれば、夜間に張り付けておく要員の人件費、これだけのために残しておかねばならない機関車や客車等等、もう無駄の塊でしかないわけです。

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 九州特有のお椀形のヘッドマークももう見納めになるのでしょうか。

 駅も急速に変化しています。下の写真は山陽本線岡山駅です。

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 山陽新幹線開通の時からのものですが、近年大幅なリニューアルが行われました。駅の裏側との通り抜けを良くする為に自由通路を設け、駅舎の機能はこの部分の中央にまとめられて橋上駅の形態になっています。

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 幹線の主要駅というよりは、私鉄のちょっと大きい駅(小田急で言えば相模大野とか・・・)といった風情です。もともときっぷうりばなどがあった部分には、ファーストフード店などが入っています。

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 幹線の主要駅では、高架化されるケースも目に付きます。

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 ここは日豊本線の大分駅。県庁所在地の玄関であり、久大本線、豊肥本線の乗換駅でもあります。駅舎と鉄道管理局が一つのビルにまとまった形態は、昭和40年代頃に流行った?スタイルですね。駅によっては、これに「ステーションデパート」なるものが同居しているのも良く見かけたものです。

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 駅の構内自体は、汽車の時代と殆ど変わらず、かつての主要駅の面影をとどめています。このスタイルの場合も駅の裏側へ出るには不便ですし、市街地の真ん中に大きな踏切が残ったりすると言うことで、近年は高架化が進んでいます。

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既に久大本線などが高架ホームからの発着になっていました。新設されたホームは現在の輸送量にあわせたもので、私鉄の駅を思わせます。

Fuji

 鉄路を彩った長距離列車とともに、こうした貫禄のある主要駅と言うのもまた過去のものになりつつあります。近距離列車から夜行列車まで、さまざまな列車が集う幹線の駅と言うのも、今のうちに記録しておく必要があるのかもしれません。

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2008年11月23日 (日)

昭和の香りを残す中心商店街

 昭和の街の情景を製作するのがちょっと流行っているようで、それに関連する製品もいろいろ出ています。今日は、そんなジオラマ製作のヒントになりそうなものをご紹介したいと思います。

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 ここは、四国・高松市の中心にある片原町商店街。西日本で多く見かける、大規模なアーケードのある商店街です。近年、地方都市では街外れのバイパス沿いなどに大規模なショッピングセンターなどができて、旧来の中心市街地は寂れる一方ですが、それでもここ高松市の中心街では、兵庫町など他にもいくつかの大規模なアーケード街が存在し、隣の瓦町にかけて、中心商店街としての体裁を維持しています。小規模な店の集合体であり、町の発展とともに歩んできたことを感じさせてくれます。

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 アーケードの途中には踏切があり、その脇にはことでんの片原町駅があります。中心市街地に電車がお客さんを運んできていたかつての様子を今に伝えています。電車が商店街の風景に自然に溶け込んでいるのが実に良い感じです。

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 その駅と踏切の部分です。アーケードの外側から見ると、ごちゃごちゃとした中にある駅だということがわかります。

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 駅舎は隣接するスーパー?と一体になったものですが、出入り口の間口を広く取ってある辺り、かつては相当な数の乗降があったことが偲ばれます。シチュエーション的には、伊豆箱根鉄道駿豆線の三島広小路駅に通じるような感じがしました。

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 広い駅舎ががらんとした感じになっているのが寂しいですが、この駅の施設自体も、自動改札機を除けば、昭和の面影を実によく残しています。

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 やって来る電車が昭和30年代から40年代のものであるのも、雰囲気を盛り上げてくれています。電車と街が一体となって賑わっていた時代の面影を感じました。

 特別古い、「町並み保存地区」とは違いますが、我々が歩んできた人生の中で、確かにあった、そんなシーンに再会できたような気になれるものがあります。模型で再現するのであれば、商店街や駅の照明などを工夫して、華やか時代を再現してみるのも一興かもしれませんね。

 全国どこへ行っても画一的なロードサイドのSCとは異なり、それぞれの街ごとの特色もあります。商店街探検にはそんな楽しみもあるのです。

 模型というのは、自分の足で歩いて、見て、感じたものを立体で表現するものでもあります。情景にしても、列車にしても。こうして、実際にいろいろ見ながら歩き回れるようになったのを嬉しく思っています。

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レイアウトの整備

 皆様にいろいろな形でご利用いただいているレイアウト、Nゲージの方が、ポイント故障で使えなくなっていました。ようやくTOMIXのポイントが上がってきましたので、まず外側線の故障しているものを交換しました。

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 ポイントは稼動部分なだけに、メンテナンスも必要ですから、簡単にはずせるようにしてあります。

 ポイント関係では、お客様からもよくご相談をいただきます。動かなくなったのだが、修理できるだろうか?というものが多いのですが、ポイントマシンのコイルが断線したのであれば、ポイントマシンだけを新しいものに交換すればよいわけですが、それ以外の場合ですと、メーカーに修理を依頼するよりも新たに購入したほうが安くなります。しかし、今年はカトーもTOMIXもポイントの品切れが長かったですから、故障した場合など、結構困った方も多いかと思います。

 最近の「鉄道ブーム」のせいか、昔やっていた模型を復活させた、という方も結構いらっしゃいますが、TOMIXの場合、かつての緑色のパワーパックの時代の交流駆動のポイントは絶版になって久しく、この時代の制御関係のものはメーカーにも補修部品がありませんので、これから拡張しようというのであれば、制御関係、ポイント関係は現行のものに入れ替えるのが賢明かと思います。

 さて、ポイントの交換ができたので試運転です。しばらく列車が走っていませんでしたから、まずはレールをよく磨いて通電がよくなるようにします。

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 新しいポイントはサクサク動いてなかなか気持ちよいものです。列車もスムーズに通過していきました。このあと、内側線の交換を行って、クリスマスやお正月には皆様に楽しんでいただけるようにしたいと思います。

Soukou

 試運転列車を角度を変えて眺めてみます。16番の線路脇に植えた草が、Nの線路との間の緩衝地帯にもなっていますが、背景に緑があるだけでだいぶ感じが変わります。いずれカント付の線路が出たときには、この曲線も敷きなおして、防音壁もなくなるでしょうから、見た目もさらによくなるかと思います、

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2008年11月21日 (金)

無事に戻ってきました

 無事に戻ってきました。今日からまた営業です。今回の遠出第2弾は、いろいろ条件の異なる各地の街をストレスなく歩けるか、と言うことを重点に、退院1年後の目標であった、全国を旅行できるようになるということを目指しました。もちろん、入院する前のように、自由にいろいろな列車に乗って歩き回れると言うのは最低限の目標でもありました。

 JRになって20年以上が経過し、列車も駅も、そして鉄道全体が大きく変化していますが、そんな中でそう遠くないうちに消滅しそうなジャンルに「夜行列車」があります。寝台特急でさえ風前の灯といった感じになっていますが、各方面に新幹線が走るようになり、航空機も一般的なものになった現在、もう夜行列車は必須のものではなくなったのでしょう。国鉄もJRになって、夜間現場に貼り付けておく要員の人件費などにもシビアになってきているでしょう。

 今回の西日本行き、先ず最初の目的地は大阪でしたので、もう30年も前、153系の時代から親しんできた「大垣夜行」の現在の姿、「ムーンライトながら」で出発しました。

Nagara

 「青春18きっぷ」では思い切り損した感じになるよう、東京駅の発車時間が繰り上げられ、1日目にあたる部分が普通運賃で1500円弱になる小田原に設定されている上に、「本日分の小田原駅までの乗車券が必要です」と繰り返していました。次のダイヤ改正では臨時列車に格下げになるという新聞記事がありましたが、もう本当にやめたくてしょうがない、と言う感じでした。まあ、今の時期は「青春18きっぷ」はないですから、思い切り引き伸ばした一筆書き乗車券だったので、小田原云々は関係ないのですが。

 繰り上げて余った時間は、静岡・浜松・豊橋などでの長時間停車で調整するようになっていました。昔は、静岡駅で、真夜中にもかかわらず、温かい駅弁を売っていました。真夜中の静岡駅では、高速貨物列車に道を譲るのは今も変わっていません。

 いつとはなしに、眠りに落ちて、目が覚めれば早、名古屋でした。夜行列車の不思議な時間の過ぎ方です。

 終着の大垣に着くと、冬に備えて試運転を行っている除雪車が止まっていました。

De15

 道中で季節感を感じたり出来るのも、在来線の旅の楽しみの一つですね。特に急ぐわけではないので、少し後の米原行きに乗りましたが、先ほどの「ながら」のうちの3両でした。

 終着の米原駅はホームの改築も進んで、かつての幹線の途中の要衝駅の貫禄は失われてしまいました。ここから分岐する北陸本線も普通列車は2両編成の521系でした。かつて、ここから金沢・富山、そして直江津へと走っていた客車の鈍行は、2つ先の田村駅までDL牽引で交直セクションを越えて、田村駅からEF70などに付け替えを行っていました。高校生の時に、在来線で初めて大阪へ行ったときには、田村までの交直連絡にはまだDD50が活躍しているのを目にしました。黎明期の本線用DLということで一風変わった姿が印象に残っています。

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 米原駅からは、新快速で1時間半で大阪です。いつもながら、同じ東海道線でも快速「アクティー」なんかよりも全然速いな~、と感心します。関東ではああいうサービスは出てこないですね。

 大阪と言えば、やはりこの地下鉄のドーム、ここへ来ると、大阪に来たなあということを実感します。

Umeda

 東京の地下鉄にはない世界です。ここをサクサクと歩けるか?と言うのが先ず第一のテーマでした。思いの外、スムーズに歩けたのでちょっとびっくりでした。大阪と東京では人の動き方が違うので、ちょっと心配だったのですが。

 そして、大阪は「食い倒れの街」。いろいろ食べたいものはあるわけですが、やはり大阪ならでは、と言うもので管理人が気に入っているのはまずこれ。

Kushikatsu

 「ソースの2度漬けはお断り」で有名?な串かつスタンド。狭いスペースで立ち食い・立ち飲みですから、立っているだけでなく、両手が使えないとダメですね。これは特に問題なしでした。

 もうひとつは、デパ地下のスナックコーナーにあったお好み焼き。

Okonomi

 同じ場所にマクドナルドもあるのですが、見ているとお好み焼きの方が断然人気のようです。

 夜行列車で大阪まで来たし、大阪の地下鉄にも問題なく乗れて、串かつもばっちり、ということで、それだけでとても満足した気分になりました。

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2008年11月19日 (水)

臨時営業のお知らせ

来たる11月24日の振替休日は、営業致しますので宜しくお願い致します。なお営業時間は13:00〜19:00となります。

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遠出第2弾の成果・・・

遠出第2弾、特に問題なくこなすことが出来ました。今回は、各地の街を歩いて、ストレスなく歩けるか?ということがテ−マでした。地下鉄や路面電車などに乗って普通によその街を歩けるか、ということでしたが、前回の北海道の経験もあってか、大阪のような東京と全く雰囲気が異なる世界もストレスなく歩くことができました。ついでに、大阪名物の立ち食いの串かつも試してみました。あの狭いカウンターで問題なく飲み食い出来るか?ということですが、やはり、よその土地に行けば、それぞれの土地の名物(名産ではなくても)を楽しみたいものです。
こんなこともやってみる余裕が出てきたのも、復活の度合いが深度化しているからなのでしょう。
リハビリとあわせて、もう一つの大きな目的は、最近の各地の鉄道事情を見て来ることでした。列車だけでなく、駅や線路などの施設も含めて。店でストラクチャ−などを販売する時に、どんな使い方があるのかなどを説明するのに、こうした知識は不可欠です。首都圏と地方では事情も異なりますから、駅の近代化にしてもやはり首都圏とは異なるわけですね。実物あっての模型、ということを考えると、これはとても大事だと思います。
これは!と思ったものを速やかに撮影したりといったことも迅速に対応出来るようになりました。
「大分行きの普通列車は、3分の待ち合わせ、橋を渡って3番のりばからの連絡です」というような、旅行ではありがちなシ−ンに無理なく対応できたと思います。
完全復活に向けて、一歩前進というところでしょうか。

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2008年11月16日 (日)

そろそろ終わりも近づいて・・・

 関西から、四国・九州をぐるりと回る、今回の遠出も終盤に入りました。日豊本線を北上して、今夜は大分です。九州新幹線と山陽新幹線直通の列車名の公募が始まり、博多~新八代間の工事もだいぶ出来てきました。

 しかし、日豊本線は別世界です。時の流れに取り残されたかのように、大分以南は未だに木の枕木、国鉄型車輌、がたくさん残っています。延岡以南では急行形電車の淘汰に伴って投入された817系が普通電車の主役ですが、これは2両ワンマン、特急でも485系とか、近郊型気動車を改造した(自由席にはロングシートもある!)「はやとの風」とか、これが現在のJR九州の真の姿なのですね。日豊本線の佐伯~延岡間、普通列車は僅か3往復、717系2両編成のツーマン運転です。北海道と違って、人家はありますが、住人が列車には乗らないのです。

 新幹線が出来たとき、九州の在来線はどうなるのか?ちょっと心配になりました。

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2008年11月14日 (金)

退院1周年

 明日で退院1周年を迎えます。この病気は退院した後も気長にリハビリを続けなければなりません。今夜はとうとう鹿児島までやってきました。以前と同じように普通列車を乗り継いで、途中いろいろなものを見ながら、というパターンです。仕事のネタを仕込むということもありますが、とにかく元に戻りたいということでやってきました。退院1年を前に北海道・四国・九州を回ることが出来ました。12月の繁忙期には力が入るでしょう。そして、3年後にはぜひとも「完全復活」を成しえたいと思います。

 模型ネタ関連の写真は引き続き撮影していますので、これは後ほど整理してから掲載しようと思います。

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2008年11月11日 (火)

さらば、「夢の超特急」

今日は今月末に退役する0系に乗ってきました。東海道新幹線からは消えて久しいですが、山陽新幹線で地味に生き残っていました。戦後復興の集大成であると同時に、103系ともども落ち目になった国鉄が延々と造り続けてきた車種でもあります。
でも、登場時に、一気に二倍の速度になったこと、ATCを使った新しい運転方式など、当時の持てる力を結集して完成したのは間違いありません。以後基本設計はそのままに44年間もの間走り続けたのは、やはり当時の設計の優秀さを示しているようです。
今40・50代の方であれば、ある時突然、エイリアンのように新幹線が登場し、以後全国に勢力を拡げていくのを目の当たりにしていたわけですが、その中には常に0系の姿がありました。ご自身の人生と被らせて感慨深く思われる方も多いでしょうね。

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2008年11月10日 (月)

ついに九州へ!

ついに九州へ上陸しました。もちろん、さがみに安全に戻るまで完結はしないわけですが、とりあえず退院1年で、北海道、四国、九州へ足を踏み入れて、全国へ出歩けるようになるということの裏付けが取れたように思います。
今日は、高松−岡山−下関−小倉というル−ト、岡山まで「マリンライナー」以後普通列車でした。
岡山−下関は直通列車の設定があります。6時間半かかるのですが、リハビリ的には何回も走行中にトイレに行ったり、テ−ブルのない席で弁当を食べたりということがありますが、それと同時に、外を眺めながら、どんなものが売れるのかな、ということも考えています。特に、若い方が多いNゲ−ジの場合、今走っている列車というのは重要ですからね。いつも申し上げているように、模型というのは実物あってのものですから。

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四国上陸

昨日は阪堺電車から南海電車を経て徳島から四国に入りました。
お好み焼きや串かつとともに、阪堺電車も大阪へ行ったら外せません。
徳島港から駅まで乗った市バスが、どうみても都バスグリ−ンライナ−の中古キュ−ビックでした。徳島からの高徳線は、前回倒れる直前に来た時には見るだけで終わっていた1500形に乗ることが出来ました。感想などは後ほど写真を交えて書きたいと思います。
今日は、瀬戸大橋線を通って一旦本州に戻ったあと、夜にはいよいよ九州に上陸します。
一番の目的は、実戦的なリハビリですが、せっかくの機会ですから、売れそうな列車はどんなものか、というようなことを考えながら回っています。
まだ完全ではありませんから、慌てて怪我をするのはなんとしても避けなければなりませんが、とりあえず今の感じで行くと、退院1年を前にして、北海道・四国・九州に行ってくるという目標は達成できそうです。

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2008年11月 8日 (土)

103系電車

大阪の街をサクサク歩けることがわかったので、今日はお目当てのおおさか東線に乗ってみることにしました。
地下鉄で天王寺まで行き、JRの改札を入るとまず目に入るのは阪和線のホ−ム。覗いてみると低運転台の車が止まっていました。東京では消えて久しいですから、とても懐かしく、ちょっと寄り道をしていくことにしました。
隣の美章園の駅が相対式ホ−ムで車両写真を撮るのにお誂えなので、ここへ移動してしばらく眺めてみました。
ほとんど最初期に池袋に投入されたと思われるものや、京浜東北線と常磐線だけに投入された500番台のクハなど、懐かしいものをいろいろ見ることが出来ました。
そして、どの車も走行音が、東日本に多かった甲高い音ではなく、登場時の音だったのもポイント高いですね。山手線の主力だったころを思い出しました。
手のリハビリ用に用意したカツミの京浜東北103系も早くやらねば・・・。
103系なんかでも、こうして実車を見てしまうとやる気が出てきますね。
例によって、写真はまた後ほど、ということにします。

さて、美章園で撮影していると、どこからどもなくお好み焼きの匂いが漂って来ました。大阪といえばやっぱりお好み焼き!というわけで、おおさか東線のあとはさっそく梅田のデパ地下のスナックコ−ナ−でお好み焼きにしました。デパートの向こうには大阪名物の串揚げもあります。これも関東にはないですから、ついでに・・・。
いずれも立ち食いでしたが、特別に問題もなく、リハビリ病院の成果がいかんなく発揮された?ようです。

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2008年11月 7日 (金)

久しぶりの大阪

昨夜の「ム−ンライトながら」で東京を発って今日は大阪へやって来ました。「ながら」は青春18きっぷが使いにくくなるように東京発が繰り上げられていますが、そのために途中駅での長時間停車か増えていました。車内でも「小田原までの乗車券が必要」としつこく繰り返していました。もう本当にやめたくてしようがないという感じがありありでした。
大垣からはまったりと東海道線を下り、お昼前に大阪に着きました。
最初の課題、大阪をサクサク歩けるか?ということ、大阪の人の流れは掴みやすいので、東京以上にラクな感じでした。そこでさっそく、出来たばかりの京阪中之島線に乗りに行きました。ここで見たものなど、戻ってから写真付きでご紹介したいと思います。

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2008年11月 6日 (木)

遠出前最後の作業

 中途半端なところで作業が止まりますが、あわててもろくな結果にはなりません。今日は窓ガラス入れの作業です。特にどうと言うものでもありませんが、例の仕切り板、ドアにガラスが入ると俄然雰囲気が出てきます。4711

 特定ナンバーではなく、70年代後半に良く見かけた形状の最大公約数的なものということで、今回トイレの窓は白色のタイプにしてみました。内折れタイプの窓枠が強調されていい感じです。

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 内装や細部の手直しは帰ってきてからにします。

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「完全復活」を目指して

 そろそろ退院して1年になります。この1年、まだ完全ではありませんが、何とか仕事に復帰することも出来、通所のリハビリや様々な作業、日常の外出などを通じて、退院した時点よりかなり体の動きなどが改善してきているようです。脳卒中の後遺症と言うのは5年・10年と言う長いスパンで考えて地道に対策に取り組む必要があるそうです。

 幸い、昨年の退院時には杖無しの歩行、電車での外出、日常生活の基本動作まで獲得していましたので、仕事への復帰もそれほど困難を伴う事柄はありませんでした。6月には初めての遠出と言うことで網走まで行ってみました。

 今日から遠出の第2弾として西日本方面へと出かけます。北海道とは違って、人がたくさんいる様々な街を抵抗なく歩けるか?というのが最大のテーマですが、それと同時に、北海道へ行ったときに感じたやりにくい動作、例えばデジカメの画面を見ながら後ずさりしたり横歩きをしたりといったことが前回よりスムーズにできるようになったか、というような検証もしてみたいと思います。こうした何でもないことがまったく出来なくなってしまうのはかなりショックですし、再び当たり前に出来るようになればやはり嬉しいものです。両手が使えなければ列車の中で駅弁を食べることも出来ないし、窓を開けることも出来ません。こういうのは当然、病院のリハビリにはないわけで、実際に外へ出て初めて気がつく部分です。そうしたことに気がついてどうすれば出来るか試行錯誤しながらだったのが前回の網走でした。しかし、殆どの事柄は「猿知恵」で何とかなってしまいましたから、これがその後の自信につながっているのも確かです。

 長い道のりですが、せいぜい3年たったところで8割と言えるところまでたどり着ければと思っています。そのための具体的な途中の目標として立てていたのが、退院1年後には北海道、四国、九州へ足を踏み入れられるようになる、と言うことでした。もちろん誰かに介助してもらうことなく、以前のように普通に旅行すると言う条件でです。つまり、どこへでも一人で自由に行けるようになる、と言うことですね。まだ走れませんから、多少時間には余裕を持たせてありますが、ちょうど区切りの良い時期ですし、これまでの成果と残る課題の確認の意味を込めて巡ってこようと思います。もちろん、模型に使えるネタなども最大限集めてくるつもりです。

 

 

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2008年11月 5日 (水)

仕切り板の効果

 オハ47、取りあえず塗ってみました。まだ途中ですが、工房ひろ製品の仕切り板が思った以上に効果的です。

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 仕切りとドアが別になっていていろいろ組み合わせが出来るというものですが、ドアのディテールがあるだけでずいぶん違います。残念ながらこの車は編成の中間に入ってしまいますが、オハフ33のような貫通ドアのない緩急車やオハフ61のトイレ側など、列車の後ろに来るものに使うと絶大な効果がありそうです。

 渡り板の取り付けが良くないですね。色を塗るといろんな問題点が見えてきます。見つけたところからひとつずつつぶしていきます。

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 この後は内装、例の広告枠の中の処理も方法を考えましたので、いろいろやってみようと思います。 「旅行で乗った客車列車の雰囲気の再現」ということだけでもいろいろやることが出てきます。それをサポートしてくれるパーツもいろいろ出てきていますから、まずは手間を惜しまずにこうしたパーツを活用していくと言うことが肝要なのかもしれません。

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2008年11月 2日 (日)

鉄コレ8 モハ16完成!

 鉄コレ最新作、第8弾にあった新潟交通モハ16号、遅れていた動力が届きましたので組み込んでみました。

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 床下機器は元の床に付いていたものを移植しますが、分解したついでにつや消し黒で塗装しておきます。黒のプラスチックだから塗らなくても良いのでは・と思われる向きもあるでしょうけれど、そのままですといかにもプラスチックというつやなので、あえて手間をかけて塗ります。台車は塗装が乗らない材質なので、取りあえずパスしておきました。

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 組み立ててみるとこんな感じです。路面用排障器は付いていませんが、台車マウントのカプラーということを考慮すればこれは妥当なところでしょう。ボディーマウントのTNと言う手もあるでしょうけれど、気軽に楽しむ廉価モデルというコンセプトも考えると、これで十分だと思います。パンタもずばりのものはありませんが、通常のNゲージ用のものに交換した上で塗装してやると屋上が引き締まった感じになります。屋根の塗装とあわせてモデルの印象がぐっと良くなります。屋上のランボードは撤去されていましたが、これもお気楽工作と言うことであえてそのままにしておきました。

Oyako

 しかしまあ、こんなものまで「親子」で揃う時代になるとは・・・。

 最後に、この電車は越後の田舎電車ですから、江ノ電のようなすごい急カーブを組み込んだ狭いレイアウトではなく、単行電車ですが、田んぼの中を貫く一直線の線路でまったりと走らせたいものです。弥彦山をバックに広大な田んぼを走る小中川・灰方辺りの風景はいかにも新潟と言う感じで、この田舎電車が実にしっくりと似合っていたものです。Nというスケールを活かしてそんな風景を作ってみるのも良いと思います。

 こんなお気楽工作からでも「妄想」はどんどん広がっていくものです。

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2008年11月 1日 (土)

新着商品のご紹介

 フジモデルの客車用アルミ床板、切妻両デッキ車用のものが入荷しました。

Yuka

 SL牽引の急行列車などで効果を発揮するかと思います。1枚420円です。

 通常の床板と交換するだけでかなり軽い感じになります。

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臨時休業のお知らせ

毎度お引き立てをいただきまして有難うございます。

 来る11月7・8・9日と14・15・16日は営業をお休みさせていただきますので宜しくお願いいたします。

 倒れてから1年半、退院して1年を迎えますが、だいぶ動きも戻ってきましたので、ここで遠出の練習第2弾をやろうと思います。ここにもまた1つの目標があります。脳卒中のリハビリは退院して終わりと言うものではありません。「完全復活」に向けて、その目標を達成したいと思います。

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