1日1本の普通列車
そろそろ「青春18きっぷ」の季節が近づいてきました。最近ではこのきっぷについてのマニュアル本も多く出ていますね。そうした本でよく話題にされるのが石北本線です。旭川とオホーツクを結ぶ幹線ルートには違いありませんが、実態はかなり閑散としたローカル線です。そして、日本海側からオホーツク海側への峠を越える上川~白滝間には普通列車が1日1往復しか運転されていないことでも有名です。殊に下り列車に関しては、旭川~上川間を回送列車として運転するので、下りの場合、石北本線を純粋な各駅停車で通り抜けるのは不可能と言うわけです。このような状態になったのは確か国鉄の分割民営化の頃だったと思います。それまでは、1日に何往復かあったのですが。後にいくら何でも、ということで、特急の空白時間帯に特別快速「きたみ」が設定されました。この列車、当初はキハ54の3両運転でしたが、いつの間にか短くなって、現在ではキハ54の単行になっています。
さて今回は網走から旭川までこの普通列車に乗りました。網走12:10発遠軽行き4662D→遠軽16:12発旭川行き4626Dということですが、実質的に同じ列車ということになります。
この列車は日中の閑散時間帯を走るのですが、2両編成なのは、網走地区で使用した車両を旭川運転所に引き上げる回送列車の性格があるからです。
遠軽まではおよそ2時間40分、ちょうどお昼ですから、弁当を用意しておきます。駅を出たところにコンビニもありますが、せっかくの列車の旅ですから、やはりここは駅弁に限ります。
やっぱりかにめしがあるので、これにしました。他の駅のものと大体にていますが、例によって微妙に違います。ビールでも飲みながら、と行きたいところですが、現状まだ足元は完全ではありませんから、アルコールは宿に着いてからということで、列車ではお茶にしておきます。
何しろ北海道ではホームが低く、ご覧の通り列車のステップよりさらに1段低いのが当たり前ですから、列車の乗り降りにも十分な注意が必要です。杖をついたり装具を使用していたりすれば乗り降りだけでもかなり大変なはずで、およそバリアフリーには縁がないという感じです。
さて、網走駅を発車した列車は、網走刑務所の辺りで大きく左に曲がって内陸へ向かっていきます。右手には大きく網走湖が広がります。
やがて女満別・美幌を経ておよそ1時間10分でオホーツク最大の都市、北見に到着します。が、驚いたのはオホーツク唯一の本格的なデパートだったきたみ東急百貨店が潰れていたこと。
東急インはまだ健在のようでしたが、向かい側に東横インが出来ていたのがなんともいえない感じでした。平成の大不況で釧路も北見も見る影もない状態になってしまったようです。
さて、北見から遠軽までの区間の見所は、SL時代に撮影の名所として有名だった常紋峠を越える区間でしょう。今では常紋信号場も使用されなくなっていますが、スイッチバックの線路やスノーシェッドはそのまま残されています。
ダイヤ上はここ金華駅から次の生田原まで15Kmの区間行き違いが出来ないわけですが、列車の本数も少ないので特に問題はないのでしょう。交換の下り列車は珍しく3両編成でした。後2両のキハ54には小学生の遠足と思しき団体が乗っていました。多客の時にはこうやって対応するんですね。でもDMVが実用化されたらどうするんでしょうか?常紋峠を越えた最初の駅と言うことで、熊でも出そうな感じの駅です。
線路の脇には、ここでもルピナス♪ルピナス♪でした。
「上りフジ」などとも呼ばれる北米原産のマメ科の植物だそうですが、紫色のバージョンのものなど、北海道のイメージに合っているような感じがします。
常紋峠をこえて列車はやがて遠軽に到着します。ちなみに「常紋」とは常呂郡と紋別郡の意味だそうです。
遠軽駅では列車の進行方向が変わりますが、これは、札幌方面から網走へのルートがかつての名寄本線のルートを基準に設定されたことの名残とのことです。なるほど、名寄から興部・紋別を経由すれば、遠回りなものの、中央の深い山をぶち抜かなくてもすむわけで、鉄道が敷設され始めた時代の技術から行けば妥当な考え方だったことが分かります。
そんなわけで、遠軽はかつて鉄道の要衝として栄えたわけですが、今も残る木造の立派な跨線橋やターンテーブルなどにその時代の面影を見ることが出来ます。
列車はここで1時間20分ほど停車して、列車番号を変え、いよいよ1日1本の旭川行きとなって発車します。昔は、このような場合、列車の中で待たせてくれたのですが、今は一旦列車から出されてしまいます。停車している間に札幌行きの「オホーツク」が来ますが、それに合わせて駅弁売りが来るので、特急で売ってしまう前に駅の玄関で待ち構えて弁当を捕獲します。駅の売店には高校生の喜びそうな菓子パンの類しかありませんし、ここで弁当を買い損なうと旭川までの4時間弱、食べ物を買える駅がないのです。
特急の方は、最近Nゲージの模型が出た、いわゆる「坊主」が先頭に出ていました。道内でも最古参の特急車両と言うことで、そう遠くないうちに新しい車両に代わるのでしょう。
遠軽駅で売っている弁当はやはり「かにめし」。内陸なのになぜ?という感じですが、ここからオホーツク海岸の湧別まではバスで1時間弱の距離なので、まあ、いいことにしましょう。
これもまた似たようなパターンながら、卵が炒り卵風なのと紅しょうががユニークと言えばユニークな感じ。
やがて、列車は旭川にむけて発車します。遠軽への高校生の通学エリアは旧白滝村(現遠軽町)の白滝くらいまでであとは石北峠を越えた上川まで車内はほぼ無人になります。
しかし、この日はここで降りた旅行者風の人がいました。1日上下1本の列車しか止まらないことであまりにも有名な駅です。駅前にタクシーがあるわけでもなく、次に止まる列車は明日早朝までありません。山の中ですから、寝袋で寝たとして、熊に食われそうなシチュエーションです。他人事ながらちょっと気になりました。この先、上川までにあった駅は、全て廃止、もしくは信号場に降格され34Kmの間駅がないことになりました。非力な国鉄型気動車の峠越えと言うことも合って、一駅走るのに1時間8分を要します。もっとも頂上の石北トンネルを抜けたところにある上越信号場では、下り「オホーツク」との交換で20分ほどの停車はあるのですが。
かつては駅として使用されていた上越(かみこし)も信号場になって久しく、駅前にあった集落もとっくに消滅したそうです。このあたり、線路の点検で見回るときには必ずハンターも一緒なのだそうです。やっぱり出るんですね。
「オホーツク」と交換した列車は上川へと下っていきます。上川では35分停車して18:51の発車、これが上川からの上り最終列車ということで、部活を終えた高校生が乗り込んできて、久しぶりに車内が活気付きます。終着旭川には20:05の到着、7時間55分に及ぶ石北本線の旅が終わりました。
網走から旭川まで全区間ボックス席を独り占めに出来ましたが、「青春18きっぷ」の時期になればいくら何でももう少し乗るんでしょうね。
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