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2005年10月 7日 (金)

バスの旅

 「HGキハ40」の基になっている、先月の夏休みですが、列車に乗ったりカニを食べるのはもちろんですが、今回は今話題の知床を再訪しました。

 ご存知のように知床は、「日本最後の秘境」と言われるくらい原始の自然が残されているところですから、何度訪ねてもその都度違う表情を見せてくれて飽きることがありません。

 その知床へは、エスカロップの根室をあとに路線バスを乗り継いでいきました。各路線とも1日にあってもせいぜい数便という超閑散路線ばかりですが、観光バスのようなわずらわしい雰囲気がなく、広大な風景をゆっくり楽しめます。

 列車の時間の都合もあって、根室から厚床までは国道44号線を行くこのバスに乗りました。

bus1

 厚床に8時過ぎに到着する便ですが、途中の牧場主の家から小学生が出てきてかなりの距離をバスで通っていました。最前部の席でバス会社の人が各停留所の乗降人数を手書きで記録していたのが印象的でした。国道はこの区間、風連湖などが見えるオホーツク側を通るので、同じ区間とはいえ列車とはかなり違った風景が楽しめます。

 このクルマ、首都圏の中古車だな~と言う匂いがプンプンしたのでよくよく観察したら車内に「はまりん」のシールが残っていました。

 厚床で乗り換えて、旧標津線のルートを中標津へ向かいます。根釧原野は酪農のメッカ、こんなアップダウンの続く道はいかにも北海道と言う感じです。

douro

 でも、距離があるのでレンタカーを借りて運転したいとは思いませんね。ビールでも飲みながらゆっくりこの風景を愉しみたいと思います。

 バスのドライバーさんに言わせれば、大体、道東方面の旅行は交通の便が悪いので、レンタカーかもしくはツアーというのが一般的なんだそうで、「珍しいねぇ」なんていわれてしまいました。でも、「そういうのも面白いのかも」とも言いながら沿線の案内をしてくれました。

 中標津からは、釧路からやってくる羅臼行き、阿寒バスの都市間バスに乗り換えます。これは旧標津線の釧路-標茶-中標津ルートの代替という意味が大きい路線ですが、元々鉄道が入らなかった根室管内・羅臼町まで直通します。中標津を出ると、旧標津線の終点、根室標津(標津町市街)を経て羅臼へ向かいます。

 羅臼へ向かうに従って、北方領土の国後島が見えてきますが、この付近がやはり一番近いようで、島の岩肌までもが目視できます。

kunashiri

 羅臼町から先、知床横断道路の区間は、ウトロ側と羅臼側からそれぞれ一往復、夏季のみ定期バスが設定されています。地図で見るときわめて細い知床半島を横断するだけなのですが、羅臼側が晴れていてもウトロは雨だったりと言うことが良くあるそうです。

 今回も標津町から羅臼町までこれだけ国後が見えたのに、知床峠は深いガスがかかり、向こう側のウトロは小雨模様でした。

 夕日がきれいなウトロ温泉もそんなわけで夕焼けはダメでしたが、こんな楽しい面々が姿を現しました。野生のエゾシカです。

ezoshika

 裏山からさりげなく小鹿のバンビちゃんを連れたファミリーが悠然と駐車場の周辺の草を食べながら移動して、やがて林の中に帰って行きました。

 こんなに近くで撮影しても逃げないのに、愛玩犬の散歩にはとても警戒しているあたり、野生動物らしさがありました。

 でも、モリゾーとキッコロが森に帰る演出と違って、やはりこれはホンモノ。とても印象的でした。

 列車から始まる素朴な旅行には、こんな出会いもあるのです。

 訪問地の一つ知床五湖、今回はバックの山がスカッと抜けなくて絵的にはイマイチでしたが、やはりこの澄んだ水とすがすがしい空気はすばらしいですね。

GOKO

 皆様も、機会があったら是非訪ねていただきたいと思います。

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